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中川恵一 × 近藤誠 (2)

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中川恵一氏は『放射線のひみつ』の冒頭に、この本で言いたいことのまとめとして次の点を挙げている。

  • 今回の原発事故による放射線被ばくで、少なくとも一般公衆において、がんは増えないと予想できます。
  • 放射線汚染(内部被ばく)を恐れるあまり、政府や自治体が出荷制限・摂取制限をしていない野菜・魚・水までをも警戒し、摂取しないと、かえって健康被害が生じかねません
  • 今回の事故に影響を受け、放射線被ばく(外部被ばく)を恐れ、X線やCT等による検診を受けないと、がんを早期に発見できず、進行がん、末期がんにいたる可能性があります。
  • 放射線に多する正しい理解を欠いたままでは、恐怖・懸念・ストレスが大きくなる可能性があります。

これに対して、近藤氏の中川氏に対する”同情的”な評価がこの本の最後に載っている。

彼の名誉のためにいうと、原発関連企業から研究費をもらっていたとは思わない。原発事故が生じるまで、中立的な意見だったのでしょう。しかし、被ばくリスクに関して初歩的なミスを犯しているところからみて、普段からリスクについて調べていたとは思われない。テレビ出演依頼を受けた後、にわか勉強をしたところ、それまで(原発企業寄りの)専門家たちがあちこちに張り巡らしておいた「100ミリシーベルト以下は安全だ」という言説の網に引っかかってしまったのだろうとみています。

中川氏も養老孟司氏との週刊誌での対談で、「御用学者といわれていますが、私は電力企業からびた一文ももらったことはない。」と釈明しているから、「御用学者」といわれるのを相当気にしているのだろう。

中川氏は「一般公衆において、がんは増えないと予想できる」根拠として、「100~150ミリシーベルト(積算)がリスク判断の基準です」としたうえで、広島・長崎の被爆者を永年調査した結果から、「100ミリシーベルト以下では発がん率が上昇するという証拠がない」という。(47ページ)

しかし、事故初期のテレビ・新聞に登場したときには、例えば毎日新聞3月20日付の「Dr.中川のがんから死生を見つめる/99」では、「原爆の被害を受けた広島・長崎のデータなどから、100ミリシーベルト以下では、人体への影響がないことは分かっています。」と断定していた。それが「証拠がない」「データがない」とトーンダウンしている。team nakagawaのブログでもこの部分はすべて書き直されている。

「100ミリシーベルト以下は人体への影響がない」という「しきい値なし仮説」に対して近藤氏は次のように反論する。

  1. ICRP(国際放射線防護委員会)が20年も前に直線・しきい値なし仮説を採用すると宣言している。
  2. 原爆被爆者のデータから、10~50mSv領域でも直線比例関係があることが示唆されている。
  3. 15カ国40万人の原発作業従事者の平均被ばく線量が20mSvでしかないのに、発がん死亡の増加が認められた。

1に関しては、ICRPの1990年勧告は次のように、しきい値なし仮説を棄却している。(20,21ページ)

(64)<広島・長崎の>調査対象集団は大きい(約8万人)が,95%レベルで統計学的に有意ながんの過剰は約0.2Sv以上の線量でのみみられる。もっと低い有意レベルならば,0.05Svぐらいの線量で過剰がみられる。
(68)多分そうであろうと考えられるのであるが,もしある種のがんが,1個の細胞に生じた損傷から発生することができるならば,防御機構が小線量において完全に有効である場合にのみ,この種のがんの線量反応関係に真のしきい値が存在しうることになる。細胞における損傷と修復のバランスおよびそれに続く防御機構の存在は,線量反応関係の形に影響を及ぼすことはできるが,それらが真のしきい値を生じさせていると考えることはできない。

(69)バックグラウンドに少し線量が加わっただけでは,がんが誘発される確率は確かに小さく,被ばくグループの線量増加分の寄与によるがんの期待数は,大グループの場合でも1よりはるかに小さいであろう。したがって,がんの増加がみられないことはほとんど確かであるが,だからといってそれは真のしきい値の存在の証拠にはならない。

統計的に有意とはいえないが、5mSvでもがんの過剰があり、DNAの修復機能があってもしきい値を生じさせるほどではなく、自然放射線程度ではがんが誘発される確率は疫学的には検出できないかもしれないが、それがしきい値の存在を証明するわけではない、と述べているのである。

同じように近藤氏は、「実験で、1mSvと言う微量の被ばくでも(DNAの)二本鎖切断が生じることが分かっています。このようにごく低線量でも発がんする契機になり得るので、発がんにはしきい値がないわけです」と書いて反論している。

ICRP勧告は、主として広島・長崎の被爆者のデータをもとにして解析されているが、今も継続している被爆者の寿命調査(LSS)の最新報告は、「固形がん及びがん以外の疾患による死亡率:1950~1977年」と題した第13報である。(財)放射線影響研究所にそれが載っている。その要約は次のようにいう。

約440例(5%)の固形がんによる死亡と 250例(0.8%)のがん以外の疾患による死亡が、放射線被曝に関連していると考えられる。固形がんの過剰リスクは、0-150mSvの線量範囲においても線量に関して線形であるようだ。

がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については、過去30年間の追跡調査期間中、1Sv当たり 約14%の割合でリスクが増加しており、依然として確かな証拠が示された。

「100mSv以下では人体への影響はないことが分かって」いるのでなく、影響が確かに「あることが分かっている」のである。中川氏は何を根拠に書いているのだろうか。さらに言えば、御用学者もマスコミも、がん死のリスクだけが問題かのように論じているが、がん以外の疾患(心筋梗塞・脳卒中・肺疾患・消化器疾患など)によるリスク増加も「確かな証拠が示され」ているのである。

さて、今中哲二氏が13報のデータを解析した結果が次の表である。Wshot00257_2 これによると、解析対象を低線量域にすればするほど1Sv当たりの過剰相対リスクは増加しているようだ。0~0.125Svまではp値は0.05以下で統計的に有意である。0.1Sv以下でも有意とはいえないが、過剰相対リスクは大きくなる傾向にある。しきい値があるのであれば、0.1Sv以下ではゼロにならねばならない。

ICRP勧告は、がんのリスク評価方法に「相加リスク予測モデル」と「相乗リスク予測モデル」があることを挙げ、(固形)がんには相乗リスク予測モデルが妥当であるとしている。白血病以外の固形がんについては、対象集団のがん死亡率に過剰相対リスクを掛けたものが、将来のがん死亡率になる。上の表1では過剰相対リスクはほぼ0.5とみてよいから、1Svの被ばくではがん死亡率が1.5倍になるわけだ。

ここで「1Svを被ばくした場合、がんによる死亡率が5%増加する」というICRP勧告、中川氏が説明に使っている数字の根拠を考えてみる。実際の5%算出は複雑な計算が必要であり、下の図のように、結果も被ばく時年齢と性別によって相当違うが、被ばく時年齢と男女を平均すると5%になるとしている。

Icrp01

集団のがん死亡率が0.2(20%)としたとき、過剰相対リスクは平均で0.5であるから、がんによる過剰死は、0.2×0.5=0.1(10%)である。ICRPは、これにDDREF(線量・線量率効果係数)を2と仮定して、2で割っている。0.1÷2=0.05となる。これが1Svで5%の大まかな計算根拠である。対象集団のがん死亡率が変われば、計算結果も変わるのである。

DDREFは、ICRPが根拠もなしに「低線量域ではがんになる確率は半分で良いだろう」と持ち出した仮定である。無理矢理値切っているのであり直線仮説を採用するという趣旨に反するが、ここではこれ以上追求しない。

ここで中川氏の説明を取り上げる。近藤氏に「がん診断率に、がん死亡率を足してしまうという初歩的なミス」と指摘された箇所は、この本では修正しているが、次にみるように、それでもまだ間違って理解しているようだ。

100mSvの放射線を受けた場合、放射線によるがんが原因で死亡するリスクは最大に見積もって、0.5%程度と考えられています。(1Svで5%だからその10分の1)

現在、高齢化の影響もあり、日本人の2人に1人は(生涯のどこかで)がんになり、3人に1人はがんで亡くなっています。つまり、がんで死亡する確率は(だれにとっても)33.3%です。放射線を100mSv受けると、これが33.8%になることを意味しています。

上の図をみれば「最大に見積もって、0.5%」とはいえないはずである。女の子では1Svで16%になり、100mSvなら1.6%ほどになる。3倍以上だ。

問題はそのつぎ。日本人の生涯でのがん死亡率が33.3%(3人に1人)なら、1Svでの過剰相対リスクの0.5をかけて、0.333×0.5≒0.17が増加するのだから、1Svで5%ではなく、17%増加するのである。過剰相対リスクという概念を理解していないことによる誤りである。

中川氏 100mSvの被ばくで、33.3%+0.5%=33.8% 0.5%の増加

実際は、1Svで、0.333+0.333×0.5=0.4995≒0.5(50%)   17%の増加
100mSvなら、0.333+0.333×0.05≒0.35(35%)   1.7%の増加
20mSvなら、0.333+0.333×0.01≒0.336(33.6%) 0.3%の増加

となる。(ただし、DDREFは無視した)近藤氏は、国際がん研究機関による15ヶ国の原発作業従事者60万人の調査データ「572F3d01.pdf」をダウンロード
からの過剰相対リスク 0.97 を使って次のように計算している。

Wshot200276

  • 1Svでは、0.333+0.333×0.97≒0.66  なんと3人に1人が、3人に2人になる
  • 100mSvでは、0.333+0.333×0.097≒0.36  2.7%の増加
  • 20mSvなら、0.333+0.333×0.02≒0.34

結局のところ、中川氏はかけ算するべきところを足し算をしている。0.5%の増加となるのは、中川氏のいう100mSvではなく、30mSv(DDREFを考慮すれば60mSv)に相当する。

このようにICRP勧告も理解せず、最初の計算からまちがっているのだから、その他の部分を読むにも値しない本だ。このような人物が放射線の専門家としてマスコミに登場し、食品安全委員会の委員として500Bq/kgまでは安全だというお墨付きを与えているのだから、何ともやりきれない。

ICRP勧告は内部被ばくを事実上無視しており、100mSv以下の影響を半分に値切るなど、私としては同意できない部分が多いのであるが、そのICRP勧告に照らしてさえも、中川氏の説明は間違いである。

放射線を恐れてがん検診を受けないと早期発見ができず、進行がん・末期がんになる、等と脅しているが、近藤氏はそれに対してCTによる被ばくがいかに多いかを説明している。造影CTでは1回の検査で50mSv被ばくすることはあたりまえにあるが、半年に1回のCT検査を受けているわれわれがん患者では、年間で100mSvの被ばくはほぼ全員が該当するのではないだろうか。その時の過剰がん死リスクは1.7~2.7%ほどにもなる。100人のがん患者がいたとして、年2回のCTで100mSvを被ばくしていれば、100人のうち3人はCT検査によるがんで死亡する計算になる。これを数年間続けると更に増える。このリスクと、がんの再発・転移を早期発見するメリットを秤に掛けて判断するべきだろう。再発・転移したがんは治癒することはないのだから、早く発見しても余命はほとんど変わらない。

ただし、休眠療法・少用量抗がん剤治療などの副作用を抑えた抗がん剤治療をするのなら、早く発見するメリットの方が大きいと、私は考えている。

近藤氏の本は買っても良いが、中川氏の本は買ってはいけない。

(3)に続きます


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