がんは複雑系だから、奇跡が起きる

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ルルドの奇跡

何の治療もしないのに、がんが消えてしまうことがあります。がんではないですが、先日70例目の「ルルドの奇跡」が認定されたとのニュースがありました。

修道女はベルナデット・モリオーさん(78)。人生の半分余りにわたって坐骨神経症に伴う歩行困難に苦しみ、長年鎮痛のため多量のモルヒネを常用していた。 モリオーさんは13日、2008年7月にルルドを訪ねた数日後、圧倒的に強烈な健康感がみなぎったと述懐。長年曲がったままだった足の添え木を外して足を延ばし、普通に歩き始めたと説明した。 モリオーさんは記者団に「添え木を外すようにと声が聞こえた。信仰の証としてはずしてみたところ、驚いたことに足がまっすぐ伸び、まったく痛みを感じずに動くことができた。私は、大泣きした。翌日には森で5キロ歩いた」と語った。

ルルドの泉の奇跡については、Dr.ワイルの本などでも紹介されています。1858年、ピレネー山脈の麓にある小さな町ルルドにすむ14歳の少女ベルナデットがマッサビエルの洞窟のそばで薪拾いをしているとき、聖母マリアを見たという話で、マリアの言葉通りに湧き出した泉にはあらゆる病気を治癒する不思議な力があるということです。今では年間500万人もの巡礼者があり観光名所にもなっています。

奇跡的治癒であるかどうかは、ルルドの医療局が認定します。その基準は大変厳しく、「医療不可能な難病であること、治療なしで突然に完全に治ること、再発しないこと、医学による説明が不可能であること」ということです。

宇宙の神秘と同じくらい人間の身体も神秘に満ちています。がんも免疫も複雑系です。世の中、ほとんどが複雑系なのですが、私たちはその中からいくつかの法則を拾い出して単純化して世の中を見ているのです。

複雑系とは?

「複雑系」ってなに?と訊かれても、発展中の学問であり、研究者によってもそのとらえ方が違うようです。

複雑系(ふくざつけい complex system)とは、多数の因子または未知の因子が関係してシステム全体(系全体)の振る舞いが決まるシステムにおいて、それぞれの因子が相互に影響を与えるために(つまり相互作用があるために)、還元主義の手法(多変量解析、回帰曲線等)ではシステムの未来の振る舞いを予測することが困難な系を言う。

これらは狭い範囲かつ短期の予測は経験的要素から不可能ではないが、その予測の裏付けをより基本的な法則に還元して理解する(還元主義)のは困難である。

複雑系は決して珍しいシステムというわけではなく、宇宙全体、天候現象、経済現象、人間社会、政治、ひとつひとつの生命体、あるいは精神的な現象などは、みな複雑系である。つまり世界には複雑系が満ち満ちており、この記事を読んでいる人間自身も複雑系である。

Wikipediaの「複雑系」からの抜粋ですが、ここでは「複雑系とは天候のようなもの」であり、3日先の天気予報があてにならないのは、地球の気象が地形・雲・風・気温・気圧などの因子が相互作用する複雑系だからである、という程度の理解でよろしいと思います。

複雑系では原因と結果が一対一に対応しません。同じ病期の同じような病状の方に全く同じ治療をしても、結果はさまざまです。私やあなたという具体的な個人の病気の予後をエビデンスだけで考えることには無理があります。蝶の羽ばたきに似た、なにかちょっとした違いがトルネードを引き起こすと言われるように、思いもよらない対応でがんが奇跡的に治ることもあるのです。これも複雑系だからこそです。

UMSオンコロジークリニックの植松稔先生が、「オンコロ的奇跡の連鎖」と題した連載を書いています。

オンコロ的奇跡が起きるとき、そこには患者さんの身体に備わった免疫の力が大きく関与していると考えています。そう考えないと説明がつかないケースばかりなのです。

ステージ4なのに抗がん剤の力を借りず、むしろそれを排除してから病状が改善していく患者さん達。

リンパ節転移が認められているステージ2~3なのに、標準治療とされる抗がん剤に頼らない道を選び、とても元気に毎日を過ごしている患者さん達。

ステージ1で薬物療法を一切用いずに、世間の一般的な標準治療以上の長期生存効果を上げている患者さん達のグループ。

いずれの患者さんの場合も、患者さんの身体に本来備わっている免疫力、生命力が十分に発揮されることが重要であると考えています。オンコロジーで奇跡が起きるとき、それは患者さんの身体内で起きているのです。オンコロジーの治療室は、そのためのささやかなお手伝いをしています。これが35年間がんの放射線治療を続けて来た私の現時点での結論です。

  1. 抗がん剤を漫然と使い続けると、免疫力が低下して、がんの進行を早めてしまうことがある。
  2. 放射線治療によって破壊されたがん細胞が、免疫細胞と接触することによって、一種の”がんワクチン効果”が現れることがある。

2.は仮説としても面白いですね。自分のがん細胞だから、その抗原を免疫細胞に提示すれば、免疫細胞はまちがいなく敵を見つけて殺そうとするに違いない。そのためにも、身体の免疫力を高く保つことが重要になるのでしょう。

がん細胞の信号経路を遮断する抗がん剤がある。しかし、効く人もいれば効かない人もいる。なぜなのか? それはがんが複雑系だから。

複雑系とは?

複雑系とは何かを、もう一度確認しておきます。

要素還元的・決定論的な思考ができないのが複雑系です。

三体問題というのがあります。

地球と太陽の運動は計算で解けるが、月が絡んでくると、一般には運動をとくことができません。二体問題は一般的に解けるが、三体問題は一般的には解けないことが H.ポアンカレ等により証明されています。しかたがないので、いろいろな仮定を設けて、近似的に解くのです。

この世の中の事象は、さらにたくさんの因子が絡んできます。すべてが「複雑系」です。われわれが住む広大な宇宙も、気象や経済、政治、もちろん人間も複雑系です。

したがって、複雑系では、未来の予測はできません。

がんも複雑系

次の図は、大腸菌の細胞内信号経路(パスウェイ)のごく一部を拡大したものです。

複雑な化学反応と、伝達物質による信号によって細胞の活動が維持されています。そして、どれかのパスウェイが閉ざされても、別の代替手段が用意されているのです。

抗がん剤で、がん細胞の目的の信号をブロックしても、別の信号経路がアクティブになり、がんの活動が継続されるという現象が起きるのです。

NHKで放映された、立花隆の『がん 生と死の謎』でも、このパスウェイの複雑さが語られていました。


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さらにがん細胞は、周囲の微細な環境や正常細胞とも信号のやりとりをし、免疫細胞や他の臓器、脳とも信号をやりとりしているのです。

「〇〇を食べたらがんが治る」など、一つの要素で、思い通りに治るという結果を得ることは、複雑系の原理から言って不可能なんです。未来の予測ができない。

がん患者にとっての複雑系

前回からすこし間が空いてしまいました。最終回です。

がんを複雑系と考えるとき、いまがんと闘い治癒を願っているがん患者は、どのように自分の治癒へとつなげればよいのでしょうか。私は次のように考えます。

がんの成長を抑制するための方法をすべて文字通りに実践しない限り自分の身を守れない、というわけではない。人間の体は、それ自体、各機能が他の機能と相互作用を起こすような、均整のとれた巨大システムである。その機能のうちたったひとつにでも変化があると、必ず全体に影響が及ぶ。

だからこそ、食事療法、運動、精神面の訓練、もしくは人生にこれまで以上の意味や意識をもたらしてくれる何らかのアプローチ法のうち、自分が実践しやすいものから始めればよいのである。人それぞれ状況も性格も異なるのだから、やり方もそれぞれであるべきだ。

ただし、すべてのアプローチ法に共通している重要なポイントは、生きたいという願望を強めることができるかどうかという点である。

バタフライ効果

人間は高度な複雑系であり、なかでも脳はもっとも高度な複雑系です。

この脳が免疫系とも相互作用をしており、免疫系は精神活動、「こころ」といわれるものとも相互作用しているのです。複雑系は、システムを構成している各要素間が強い相互作用をしていて、さらに部分が全体とも相互作用をしています。

複雑系の基本性質は、「ほんの少し条件が変わるだけでまったく違った結果が生み出される」ということです。これはローレンツの「バタフライ効果」ともいわれています。ローレンツが「ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスの竜巻を引き起こすか?」という題で講演を行なったことが起源になっています。

ローレンツは、流体力学をもとにした単純な三つの数式により、気体の示すカオス的行動をシミュレーションして感動的な図形をつくりました。これが蝶々のような図形になっていたのです。

気象も複雑系です。複雑系は非線形系でもあり、非線形系では、ある規則性を理解しても、将来の予測は不可能だという性質があるのです。だから天気予報は当たらない。つまり、スパコンを使って温度や気圧や太陽熱や地形等のデータをすべて使って計算しても、ほんの少しの「ゆらぎ」があれば予測が外れます。ゆらぎは必ず存在しますから、明日の天気は当たる確率が高いとしても、一週間後、一ヶ月後の天気予報はほとんど当たらないのです。これがカオス理論です。

がんを状態空間で表すと・・・

がんが増殖する要素(逆に言えば縮小する要素)がN個あったとします。今の私のがんの状態はN次元の状態空間におけるある一点で表わすことができます。N次元空間を思い浮かべることはできませんから、仮にN=3の場合を考えると、3次元空間のある点で表わすことができます。

X軸に「食物の抗がん作用」、Y軸に「運動による体質改善」、Z軸に「こころの免疫賦活作用」を考えるとすると、この3要素の現在の値をプロットした点で私のがん=健康状態を表示することができます。3要素が変化すると、この点はそれに応じた軌道を描きます。

人間にはホメオスタシス(恒常機能)といわれる、内部環境を一定の状態に保ちつづけようとする傾向=健康な状態を保とうとする性質があるので、これらの3要素に少しのゆらぎが生じても(例えば、微少ながん細胞が発生しても)、もとのあるべきところに戻ろうとするはずです。十分な時間がたったあとで、これを状態空間の軌道として描けば、いろいろな軌道を描きながらもある正常範囲の領域に落ち着いてくる様子が図示できます。

少しの変化が、全体を変えることがある

人間は治ろうとしているのだから、治る方向にちょっと肩を押してやれば、その少しの摂動が複雑系全体(体全体)に大きな影響を与えることがあるのです。

食事を変えれば体質が変わる。がん細胞の餌となる有害なものが体外に排出され、細胞内がよりよい環境になる。運動をすればリンパ液の循環が良くなり、適切な体重を維持できる。瞑想をすればストレスに強いこころが育まれて、NK細胞が活発になる。脳からも免疫活動を補強する情報伝達物質が放出され、食事によって改善された体質のなかを効果的にがん細胞まで移動する。動物性タンパク質よりも植物性タンパク質を多く摂ると積極的に運動をするようになる。瞑想やヨガは自分の体への意識を高め、バランスの悪い食事は、胃への負担や体全体への悪い影響を感じるようになり、避けたくなってくる。放射線や抗がん剤による影響を低減し、治療の効果を高めることができるようになる。このようにすべての要素が相互作用をしているのです。

複雑系のある要素に少しの摂動を与えれば、それが「ブラジルの蝶がテキサスの竜巻を起こす」ように、大きな影響を与えることがあるのです。

確実とは言えなくても、有効だと思われる対策はたくさんあります。しかし、複雑系の基本的性質からして、これをやれば確実にがんが治るという治療法やサプリメントはあるはずがないと分かります。

効果があると思われる(確かなエビデンスではなくても)ものを、いくつか実践していけば、アトラクターがある軌道に徐々に落ち着くように、治癒する可能性が格段に高くなるのです。

どの要素が変化すれば、がんが治癒に向かうのか? 多分それは一人ひとりで違うはずです。ぴったりとはまって、免疫系がフル稼働する状態になったときには「奇跡的治癒」が起きるのでしょう。

もしも2045年までにシンギュラリティ(技術的特異点)に到達するのなら、その「一人ひとりで違う何か」がAIによって分かるようになるのかもしれませんね。

一人ひとりで違うのだから、玄米菜食で必ず治るとか、体を温めればがんは消滅するとか、笑っていればそれだけでがんは逃げ出すとか、このような「これだけで」「100%治る」という言葉をもてあそんでいる者たちは信用してはならないということです。

もちろん、暖めることがいけないのではありません。玄米菜食だけで治ることもあるかもしれません。まったくウソというわけではないでしょう。しかしそれは、その人のN個のがんが治る要素のなかで、玄米菜食による要素が高かった、あるいは他の要素との相互作用でそのような結果になったということです。あなたにも同じ現象が起こるということは、まずありません。それが複雑系ですから。

「これさえやれば」という考えは、がんも人も複雑系であり、各要素が相互作用しているという事実を無視しているのです。

なかでも、標準治療は、治癒に結びつくN個の要素のうちの大きな要素に働きかけるものです。これを無視するのはナンセンスです。一方で、統計的な有意差がないからと、それ以外の小さな要素を無視することもまた、ナンセンスです。


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