『すい臓がんカフェ』を終了した理由

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今回の『すい臓がんカフェ』の活動終了と、その趣旨を引き継いで新たに立ち上げた『膵臓がん患者と家族の集い』に関して、皆さんにはご心配とご懸念をかけたことをお詫びいたします。

『すい臓がんカフェ』を設立した目的は、膵臓がん患者が集まって情報交換をする場を設けて、患者どうしの横のつながりを広げることでした。がん患者全体の4%である膵臓がん患者は、同じ病気の方と接する機会も少なく、講演会やセミナーに参加しても患者どうしのつながりの機会は少ないのが現状でした。

2016年6月に立ち上げた『すい臓がんカフェ』は、その考え方や約束事を、次のようにオフィシャルサイトで表明しました。(すい臓がんカフェ「開催要領」へのリンクで見ることができます。)

『すい臓がんカフェ』としては、いかなる治療法に対しても、否定も肯定もしないとの立場を明確にし、特にカフェのマスターとしての約束事を赤いフォントで強調しております。

※カフェのマスターとしては、いかなる代替療法を含む治療法に対しても推薦する立場ではなく、否定も肯定もしません。したがって結果に対しては一切責任を取ることはできません。

がんの治療法に関しては、標準治療であれ代替治療であれ賛否両論あり、医療や人体活動の不確実性もあるため、何が正しいのか簡単に白黒を付けがたいからです。どのような治療法をしていようが区別なく、同じ膵臓がん患者として意見や情報の交換をする場に集うためにも、これらの約束事が必要なのです。

また、医療訴訟に連座させられることを回避し、患者どうしのトラブルから身を守るための対策という意味もあります。ある膵臓がん患者からは、「相談に応じて放射線治療を勧めたら、その後『まったく効果がなかった。どうしてくれる』と執拗に非難された」と相談されたこともあります。

こうしたトラブルに巻き込まれないために、危機管理としても上の定めは必要なのです。万が一にでも、医療訴訟に連座させられる、トラブルに巻き込まれることになれば、経済的にも精神的にも個人の力では対応しきれません。

上の約束事を素直に読めば、カフェのマスターとしての取るべき行動も自ずから明白です。

マスターの立場の人間が、自分には効果があったからといって、特定の治療法をカフェの全体に紹介して勧めることはやってはいけないことです。ましてや、公にした約束を自分は守らないというのでは、参加者の信頼は得られません。

もちろん、質問や相談を受けたとき、一参加者としての立場で自らの価値観に従って話をすることは当然です。相手の判断を尊重して、誰にでも効果があるとは限らないと説明し、節度のある情報提供をすれば良いのです。

しかし、これらの約束事に反する行動が続きました。治ってもらいたいし、治らないまでも長くがんと共存してもらいたいという善意と熱意からの行動であることはまちがいないと信じています。ですから、少し勇み足だよなと感じつつも、妥協もし、認めることもありました。

ところが、次第にエスカレートし、事前の相談もなしにビラやパンフレットを配布する。ある治療法に関する署名を集めようなどとしました。気に入らないからと、ブログ上で論争相手となった、自主的に参加している医師を執拗に排除しようとするなどのことが続いた結果、特定の治療法を推奨していると誤解されかねず、『すい臓がんカフェ』の大切な前提が無視され、『すい臓がんカフェ』マスターとして公表した約束に反する状態となりました。

当然のことですが、参加者からは「カフェは〇〇免疫療法を推奨しているのか?」「最近少し変だよね」などの意見をいただくようになりました。

みんなでサッカーをやっているのに、「俺はラグビーだ」と勝手なことをすれば、たとえその動機が善意から発したものであれ、レッドカードです。しかし『すい臓がんカフェ』は単なる大規模なオフ会であって、患者会という組織ではないので規約もありませんし、除名処分に関する規程など存在しません。

一人だけ目指す方向が違うことが明らかになったわけですので、こうした行為を止めさせて本来の姿に戻すには、『すい臓がんカフェ』を終了するしかないとの結論に到りました。

当人には事前に連絡した上で『すい臓がんカフェ』は終了し、新たに、本来の趣旨に賛同できる方たちと『膵臓がん患者と家族の集い』として始めることになった次第です。

運営者側の優柔不断さがこのような混乱を招き、みなさまにご心配と不安を抱かせることになった点を反省し、今後は『すい臓がんカフェ』の精神をより明確にして活動を継続いたします。

がん患者は常に再発や死への不安を抱えています。標準治療以外の何か有効な方法を探すのは人間として自然のことで、非難されるべきではありません。しかし、それが故に、代替療法を提供する側はその治療法の科学的な根拠(エビデンス)やデータを示して、患者が適切な選択をする手助けとなる情報を提供すべきだと考えます。それらを紹介するときにも慎重さが求められます。

『膵臓がん患者と家族の集い』では、こうした患者の思いに応えるべく、どのような治療法、代替療法を受けていようが、いやがられることも参加を断ることもありません。そのようなことは関係ないのです。みんな同じく膵臓がんと闘っている仲間です。

新たな膵臓がん患者の集まりを立ち上げるそうですが、さまざまな情報を得られる場が増えることは、膵臓がん患者にとっては好ましいことです。「情報交換とくつろぎの場」という『すい臓がんカフェ』の精神を継承して発足する『膵臓がん患者と家族の集い』にはない部分を補ってくれるに違いないと期待し、成功することを願っております。

がんと闘う、たくさんの仲間がいます。応援お願いします。

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『すい臓がんカフェ』を終了した理由” に対して1件のコメントがあります。

  1. やおろず より:

    キノシタさん
    私のブログにお越し下さり有難う御座います。

    癌の発覚は晴天の霹靂で、なって調べるも余りの情報氾濫に混乱するだけで‎した。そんな時に膵臓癌カフェに参加させて頂きキノシタさんの講話を聞き感銘を受けたことを覚えてます。

    今、色んな情報に惑わされず最良の治療を受けられているのも膵臓癌カフェに参加したからだとも思ってます。

    今回その膵臓癌カフェが分裂したことは残念であります。しかし、それは初心を守るために致し方なかったことと思います。

    今後も膵臓癌患者が情報の氾濫に惑わされる事無いようにする為にも正しき患者の会の存続に期待してます。

    〈追伸〉
    坂口力元厚労相が幾ら頑張って署名活動を行なっても、それだけでは認可は取れません。
    そんな事を許せば、日本は世界の笑いものになります。
    署名活動は、癌患者に対する営業パフォーマンスなんでしょうね。
    大臣となった方がすべき行動でありませんね。鳩山元総理と同様に国賊としか思えないのは私の過ちでしょうか?

    1. キノシタ より:

      やおろず様
      初期の『すい臓がんカフェ』でも私の講演をお聞きくださったのですか。嬉しいですね。難しい内容を素人が話したので、言いたいことを理解してくださる方は少ないのではないかと思っていました。
      がんも人間も「複雑系」だから、原因と結果が一対一にならない。予測不可能なのが複雑系であり、だからこそ、奇跡も起こるのです。

      どうすれば奇跡が起きるのかが人類にはまだ解明できていないから、しかたなく統計的に考えるしかないのです。エビデンスにしろAIにしろ、根幹は統計と推論です。

      それを確定論的に単純な因果関係で説明しようとするところに、すべての誤りの根幹があるように思います。

      論理的思考力のない「八つ当たり」などは無視して参りましょう。

  2. いんたん より:

    初めまして。母が膵がんになる前から拝見しておりました。
    奇しくも母が膵がんになり、既に肝メタで4bでしたが全く動じず病になっても抗がん剤治療を受ける以外はいつもと変わらぬ生活を送り余命半年のところ、2年間生き抜きました。
    痛みもなく、苦しんだのは最期の2日間、臀部の傷の痛みだけでした。一度も痛み止めを処方されませんでした。
    標準治療だけでは身を守れないような意見が他のblogであり、母が亡くなってから落ち込みましたが、母は地元の病院でゆっくり治療したいとの意向でしたので、尊重いたしました。その中でも、キノシタさんのサプリの記事、日常生活の記事など本当に参考にさせて頂きました。治すことはできませんでしたが、死を恐れず、前向きに質の高い闘病生活は送れたのではとおもっています。
    是非これからも多くの膵がんの方のために、集いの場を存続させて頂ければと願っております。

    1. キノシタ より:

      いんたんさん。応援のコメント、嬉しく思います。
      私も幾人か知っていますが、無理な抗がん剤をしなければ、おだやかな最期を迎えることができるがん患者は多いように思います。
      痛みもほとんどなく、亡くなる前日まで意識もはっきりして元気な方もいました。
      もう少しなんとか、と後悔するのは家族として当然のことですが、余命半年が2年を立派に生き抜いたことを褒めてあげたいと思います。
      「死を恐れず、前向きにQOLの高い生活」を送ることができたことは、なかなかできることではなく、賞賛に値します。

      最近BuzzFeedNewsの記事に『あなたも「呪いの言葉」をかけていませんか?「別の治療法なら治る可能性があったのに」という医療者から心を守るには』がありましたが、心ないBloggerもいるようです。

      「高額な自由診療を受けなければ膵臓がんは治らない」というのは、経済的に困難な患者や生活保護を受けている患者は助かる権利がないと言っているのに等しいですね。「アブラキサンは500万円かかるが、免疫療法は250万円、自家用車を勝ったと思えば安い」という、健康保険の存在を無視した論理も、お金のない患者を落ち込ませ、余裕のある患者を詐欺に誘うようなものです。

      私はこれを「善意の謀略」と呼んでいるのですが、先の記事の続きでは「善意の呪い」と言って、「あなたも呪いの言葉をかけていませんか」と書かれています。彼らにしたら、善意として返すことで、なにかあの人のためにしてあげることができたと、自分の心が軽くなるのですね。結局は自分の満足のためです。

      こうした謀略・呪いに対処するには、まずは耳を貸さないこと。それにその治療法にエビデンスがあるかどうか、確認することではないでしょうか。医療を信じるとともに、医療の限界を受け入れることのように思います。

      これからも微力ながら活動を続けますので、影ながらのご声援をお願いいたします。

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