さらばアヘンチンキ、よろしくロペラミド。――「最強の薬」を手放して気づいたこと
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長年、私のQOL(生活の質)を支えてきた「アヘンチンキ」が、今年の3月をもって入手できなくなりました。
私のように膵臓がんの手術を経験し、頑固な下痢症状に悩まされている者にとって、アヘンチンキはいわば「最後の砦」です。麻薬指定されているこの薬は、一般的な下痢止めでは太刀打ちできない症状を抑え込むための、最強の武器でした。
しかし、供給停止という現実は容赦なくやってきます。今回は、その後継として使い始めた「ロペラミド」について、実際に試して分かった驚きの実感をお伝えします。
なぜ「アヘンチンキ」だったのか
私は膵臓がんの手術後、消化吸収機能の変化から、慢性的な下痢に悩まされてきました。外出するのも億劫になるような、突発的で激しい症状です。これまでさまざまな薬を試してきましたが、最終的にたどり着いたのがアヘンチンキでした。
その効果は絶大で、「これさえあれば大丈夫」という心理的な依存も含め、私の生活には欠かせない存在になっていました。それだけに、昨年に主治医から「もう手に入らなくなる」と告げられた時の不安は、筆舌に尽くしがたいものでした。
代替薬「ロペラミド」への不安と期待
アヘンチンキの代わりとして処方されたのは、ロペラミド(製品名:ロペミンなど)でした。
正直なところ、最初は半信半疑でした。麻薬であるアヘンチンキに比べて、非麻薬性のロペラミドでは力不足なのではないか、という先入観があったからです。
また、私は現在、夜間の頻尿対策として「ベタニス(50mg)」を服用しています。ロペラミドには腸管の水分吸収を促す作用があるため、「吸収された水分が尿に回り、頻尿が悪化するのではないか」という懸念もありました。しかし、専門的な見地からは、ロペラミドによって尿量が劇的に増えることは稀であり、むしろ副作用としては「尿が出にくくなる(尿閉)」方向の注意が必要であるとのことでした。
試行錯誤で見つけた「自分流」の服用タイミング
今回、薬の切り替えにあたって一つ工夫したことがあります。それは「服用するタイミング」です。
主治医からは「朝晩の食後に服用」との指示がありましたが、私はあえて、これまでのアヘンチンキと同じように「食前」に服用することにしました。食事をした直後に腸が動き出すのをあらかじめ抑えたい、という私なりの判断です。
念のためロペラミドの添付文書を確認してみましたが、そこには「食前・食後」の指定はなく、ただ「1日1〜2錠を服用」とあるのみでした。主治医の指示も一つの指針ですが、実際に薬を飲むのは自分自身です。これまでのアヘンチンキでの経験を活かし、自主的にタイミングを調整してみることにしました。
(後日主治医の先生からはは「その判断でよろしいですよ」とのお言葉をいただきました。)
実際に服用してみた結果:驚きの「逆転現象」
この「食前服用」が功を奏したのか、実際にロペラミドを使い始めて数週間、驚くべきことに、私にはアヘンチンキよりもロペラミドの方が効果があるような実感を得ています。
具体的には、以下のようなメリットを感じています。
- 便のコントロールが安定した アヘンチンキは強力すぎて、時に便秘と下痢の振れ幅が大きくなることがありましたが、ロペラミドはより自然な形で便をまとめてくれる感覚があります。
- 身体的な負担が軽い 麻薬成分が含まれないため、精神的な「重さ」や手続き上の煩わしさからも解放されました。錠剤なのも手軽でよい。
- 懸念していた頻尿への影響もなし ベタニスとの併用において、今のところ夜間の排尿回数が劇的に増えるような事態にはなっていません。
もっと早く切り替えておけばよかった
こうして振り返ってみると、「麻薬=最強」という思い込みが、いかに強固だったかを痛感します。
供給停止という不可抗力がなければ、私はおそらく一生、アヘンチンキを使い続けていたでしょう。新しい薬に切り替えることへの恐怖心から、ロペラミドという選択肢を真剣に検討してきませんでした。
「もっと早く、アヘンチンキにお別れをしておけばよかった」
それが今の率直な感想です。同じようにアヘンチンキの供給停止で不安な夜を過ごしている方に、「意外と大丈夫ですよ、むしろ良くなるかもしれませんよ」と、もっと早く伝えたかった。
終わりに
薬が変わるということは、患者にとって死活問題です。しかし、今回の経験は「エビデンス(科学的根拠)はあくまで参考であり、自分自身の体で試してみるまでは分からない」という医療の原点を再確認させてくれました。
「やってみなければ分からない」
主治医がかつて血糖値の薬の変更時に言ったこの言葉は、抗がん剤治療に限らず、あらゆる対症療法においても真理なのだと思います。
指示を鵜呑みにするだけでなく、添付文書を読み、自分の体の声を聞きながら調整していく。アヘンチンキとの別れは、私にとって新しい快適さへの入り口でした。










