シリーズ「がんとAI、伴走録」(3):あの「聞きたかったのに聞けなかった」をなくす
診察室のドアを開ける。名前を呼ばれて椅子に座る。そこまでは、家であれこれ考えていた質問を頭に入れてきたはずなのに——いざ医師を前にすると、緊張からか、頭の中が真っ白になってしまう。診察が終わってから「あ、あれも聞きたかったのに」と気づく。多くのがん患者さんが経験する「あるある」だと思います。
「がんとAI、伴走録」第3回は、「診察前の質問リスト作り」をテーマにお届けします。
なぜ診察前の質問整理は難しいのか
診察時間が短い 多くの場合、診察時間は5〜10分程度。聞きたいことをすべて聞くには、優先順位をつけて臨む必要があります。
緊張や不安で、考えていたことを忘れてしまう 白衣を前にすると、家であれほど整理していたはずの疑問が飛んでしまう。これは意志の弱さではなく、誰にでも起こる自然な反応です。
「こんなことを聞いていいのか」という遠慮 妊孕性のこと、性生活のこと、費用のこと、余命のこと——聞きたいけれど切り出しにくいテーマほど、後回しにされがちです。
治療のフェーズによって聞くべきことが変わる 初診の時、結果説明の時、治療開始前、副作用が出ている時——それぞれの場面で「今、本当に聞くべきこと」は違います。
生成AIでできる具体的な使い方
今の状況を伝えて、質問リストのたたき台を作ってもらう
プロンプト例:
来週、乳がんの治療方針を説明される診察があります。まだ手術か薬物療法かも決まっていない段階です。この診察で聞いておくべき質問を10個、考えてください。
抗がん剤治療を始めて2週目です。だるさと吐き気が続いています。次回の診察で、この症状について医師に伝えるべきことと、確認すべきことを整理してください。
出てきた質問に優先順位をつけてもらう
プロンプト例:
先ほど作った質問リストの中から、診察時間が5分しかない場合に、最低限これだけは聞いておくべきという質問を3つに絞ってください。理由も添えてください。
「聞きにくい質問」を率直な言葉に変換してもらう
プロンプト例:
抗がん剤治療をすると妊娠しにくくなる可能性があると聞きました。この話を医師にどう切り出せばいいか、聞きやすい言い方の例を3パターン考えてください。
治療にかかる費用の見通しについて、遠慮なく質問したいのですが、どう聞けば角が立たず、かつ具体的な答えをもらいやすいか、聞き方を考えてください。
前回の診察メモをもとに、今回の疑問点を整理してもらう
プロンプト例:
前回の診察でのメモを貼ります。この内容を踏まえて、今回の診察で確認しておくべき続きの質問を考えてください。(その後にメモを貼り付ける)
診察室で使える「質問メモ」の形式に整えてもらう
プロンプト例:
ここまでの質問リストを、スマホの画面にそのまま表示して医師に見せられるよう、番号付きの簡潔なメモ形式に整えてください。1行は20文字以内にしてください。
医師の回答を手書きメモした写真を渡し、整理・分析してもらう
診察中は、医師の説明を聞きながらメモを取るだけで精一杯、ということも少なくありません。殴り書きになったメモは、後から自分で読み返しても意味がわからない、ということもよくあります。そんな時は、そのメモを写真に撮ってAIに渡し、清書してもらうという使い方ができます。
プロンプト例:
(手書きメモの写真を添付して)この診察メモの写真を読み取って、時系列に沿って整理してください。読み取れない文字や、意味がつながらない箇所があれば、無理に推測せず「ここは判読できません」と正直に教えてください。
このメモの内容を、「今後の治療方針」「注意すべき症状」「次回までの宿題」の3つに分類して整理してください。
医師の許可を得た上で診察を録音し、AIに渡して内容を整理してもらう
聞き逃しや記憶の曖昧さを防ぐために、診察を録音するという方法もあります。ただし、これは必ず事前に医師や医療機関の許可を得ることが前提です。断りなく録音することはトラブルの元になりますし、施設によっては録音自体を断られる場合もあります。許可が得られた場合、その音声をAIに渡して整理してもらうことができます。
プロンプト例:
(診察の音声データを添付して)この診察の音声を文字に起こし、「診断内容」「治療方針」「次回までにやること」の3つに分けて要約してください。聞き取りに自信が持てない部分は、その旨を明記してください。
音声の中で医師が言った薬の名前や数値について、特に注意して正確に書き出してください。曖昧な場合は無理に断定せず、「聞き取れませんでした」と記載してください。
ここは医師の領域——AIに求めてはいけないこと
質問リストにせよ、メモや録音の整理にせよ、AIの役割はあくまで「聞くべきことを整理する」「記録を見返しやすくする」ところまでです。次のようなことは、AIに委ねるべきではありません。
- 「この質問への答え」を先にAIに聞いて満足してしまい、実際には医師に確認しないこと
- 症状や副作用について、AIの回答をもとに自己判断で対処してしまうこと
- 録音やメモの整理結果を、医師の説明そのものとして扱いすぎてしまうこと
特に最後の点は見落としがちです。AIによる要約は、あくまで「補助的な記録」であって「公式な記録」ではありません。次の診察で治療方針を話し合う際は、AIの要約ではなく、必ず医師本人に直接確認するようにしましょう。
プロンプト例(この姿勢を保つための聞き方):
このメモの整理結果について、断定的な言い方は避けてください。「〜だと思われます」「次回、念のため確認した方がよさそうです」という形で、あくまで推測であることがわかるようにまとめてください。
この場面ならではのハルシネーション対策
質問リスト作りや、メモ・録音の整理は便利な一方で、この場面ならではの落とし穴もあります。
質問文を作る過程で、AIが実際にはない治療法や薬剤名を勝手に補ってしまうリスク
質問リストを作る際、AIが一般的によく使われる治療法や薬剤名を「参考情報」として質問文に混ぜ込んでしまうことがあります。自分の治療歴にない薬の名前が質問文に紛れ込むと、診察室でかえって混乱を招きかねません。
プロンプト例:
質問リストを作る際、私が伝えていない薬剤名や治療法を勝手に補って質問文に含めないでください。あくまで私が伝えた情報の範囲内で質問を作成してください。
手書きメモの写真は、誤読が起こりやすい
自分の字が乱雑だったり、急いで書いたためにかすれていたりすると、AIが誤って読み取ることがあります。そしてAIは、読み取れなかった部分を「それらしく」埋めてしまうことがあります。
プロンプト例:
このメモの写真について、確信を持って読み取れた部分と、推測が入っている部分を分けて示してください。推測が入った部分には必ず(推測)と付記してください。
録音の場合、聞き取りミスがそのまま要約に反映されてしまう
音質が悪い、専門用語が早口で話される、といった状況では、AIが聞き間違えた内容をもっともらしく整理してしまうことがあります。特に薬剤名や数値の聞き間違いは、思わぬ誤解につながります。
プロンプト例:
音声の中で自信を持って聞き取れなかった単語や数値については、無理に補完せず「(聞き取り不明)」として記載してください。特に薬剤名・数値・日付は、少しでも曖昧であれば必ずその旨を明記してください。
対策のまとめ
- 整理された内容を鵜呑みにせず、可能であれば元の音声やメモの原本と突き合わせる
- 少しでも違和感を覚えた箇所は、次回の診察で「前回このように伺いましたが、合っていますか」と改めて確認する
- 録音は必ず事前に医師・医療機関の許可を得た上で行う。断りなしの録音は避ける
まとめ
診察前の質問リストは、診察室での「通訳」ではなく「地図」です。何を聞くか、どう聞くか、そして聞いた後どう記録するか——その一連の流れを、AIは着実に手伝ってくれます。
ただし、AIが作る質問文やメモの清書、録音の要約は、あくまで「たたき台」であることを忘れずに。最終的な事実確認は、必ず医師本人との対話に委ねる。この姿勢さえ崩さなければ、AIは診察という限られた時間を、より濃く、より安心できるものに変えてくれる存在になるはずです。
次回、第4回は「セカンドオピニオンの準備」を取り上げます。今の診断内容を、どう整理して他の医師に伝えればいいのか。一緒に考えていきましょう。












