シリーズ「がんとAI、伴走録」(5):「あの時どうだったっけ」をなくす記録術

診察室で「先週はいかがでしたか?」と聞かれて、答えに詰まってしまう。体調の変化は、渦中にいると当たり前に感じてしまうもので、後から振り返ると「いつから」「どれくらい」つらかったのか、記憶があいまいになっていることがよくあります。
長く病気と付き合っていく上で、記録を続けることは地味ですが、実はとても大きな土台になります。「がんとAI、伴走録」第5回は、「体調・症状の記録整理」をテーマにお届けします。
なぜ体調・症状の記録は難しいのか
「いつから」「どの程度」が曖昧になりやすい 症状は毎日少しずつ変化するため、明確な境界線を引きにくいものです。振り返った時に「あれ、いつからだったっけ」となりがちです。
その日の気分や体調によって、評価がぶれる 調子が良い日は「大したことない」と過小評価し、不安な日は「これは危険かも」と過大評価してしまう。感覚だけに頼ると、記録の一貫性が失われます。
記録を続けること自体が負担になる 几帳面に記録しようとするあまり、それ自体がストレスになってしまうこともあります。治療と生活で精一杯の中、記録のための時間や気力を捻出するのは簡単ではありません。
何を、どう記録すればいいのかわからない 体温や体重のような数値化しやすいものもあれば、だるさや気分の落ち込みのように数値化しにくいものもあります。基準がないと、何から手をつければいいのか迷ってしまいます。
生成AIでできる具体的な使い方

日々のメモを時系列で整理してもらう
きっちりとした記録でなくても構いません。思いついた時に箇条書きでメモを書き溜めておき、あとでAIに時系列表に整えてもらうという使い方ができます。
プロンプト例:
ここ1週間の体調メモを、思いついた順にそのまま貼ります。日付ごとに時系列で整理し、体調の変化がひと目でわかる形にしてください。(その後にメモを貼り付ける)
腫瘍マーカーなど数値データの推移をまとめてもらう
がん患者にとって切実なのは、日々の体調そのものに加えて、CA19-9をはじめとする腫瘍マーカーの数値の推移ではないでしょうか。検査のたびに数値が上下し、そのたびに一喜一憂してしまう、という経験をお持ちの方も多いと思います。数値だけを見ていると、目先の増減に振り回されがちですが、AIに複数回分のデータをまとめて渡すことで、全体の傾向をつかみやすくなります。
プロンプト例:
これまでの検査で出たCA19-9の数値を、日付とあわせて貼ります。数値の推移を時系列の表にまとめ、大まかな傾向(上昇・下降・横ばい)を教えてください。ただし、この数値が良いか悪いかの医学的な判断はしないでください。(その後に数値と日付を貼り付ける)
腫瘍マーカーの数値が前回より上がっていて不安です。次回の診察で、この数値についてどう質問すればいいか、聞き方の例を考えてください。
症状のパターンを一緒に洗い出してもらう
抗がん剤治療などでは、投与後に副作用が出るタイミングにある程度の周期性があることが少なくありません。
プロンプト例:
抗がん剤治療の投与日と、その後に感じた症状(だるさ、吐き気、食欲不振など)をメモとして貼ります。投与後、何日目あたりに症状が出やすいか、パターンを整理してください。(その後にメモを貼り付ける)
診察前に「今日伝えるべきこと」だけを抜き出してもらう
記録が溜まってくると、すべてを診察で伝えるのは現実的ではなくなります。第3回で扱った「質問リスト作り」とあわせて使うと効果的です。
プロンプト例:
この2週間分の体調記録の中から、次回の診察で特に伝えるべきことを3つに絞ってください。数値が大きく変化した日や、いつもと違う症状が出た日を優先してください。
記録用のテンプレート・フォーマットを一緒に作ってもらう
記録を継続する上で一番のハードルは「面倒くささ」です。毎回ゼロから書くのではなく、あらかじめ簡単なフォーマットを作っておくと、続けやすくなります。
プロンプト例:
毎日1分程度で書けるような、体調記録のフォーマットを作ってください。項目は「体温」「食欲(5段階)」「だるさ(5段階)」「気になったこと(自由記述)」にしてください。
ePRO(電子患者報告アウトカム)アプリという選択肢
もう少し本格的に記録を管理したい場合、ePRO(electronic Patient-Reported Outcome、電子患者報告アウトカム)と呼ばれるアプリという選択肢もあります。これは、患者自身が自宅で体調や副作用の変化を入力すると、そのデータが自動的にグラフなどの形で蓄積され、必要に応じて医療機関とも共有できる、というタイプのアプリです。
生成AIが「その場でメモを整理してくれる」使い方だとすれば、ePROアプリは「継続的な記録を溜めて可視化する」ための専用ツールという位置づけです。両者は役割が異なるので、例えば「日々の入力はePROアプリで淡々と行い、診察前にその記録をAIに読み込ませて要点を整理してもらう」といった組み合わせ方もできます。ご自身の状況に合わせて、無理のない方法を選んでみてください。
ここは医師の領域——AIに求めてはいけないこと
記録の整理はAIの得意分野ですが、次のようなことは求めるべきではありません。
- 記録した症状から「これは危険な兆候かどうか」をAIに判定させること。緊急性の判断は必ず医療機関に確認する
- 副作用への対処法(薬の増減、市販薬の使用など)を、AIの回答どおりに実行すること
- 記録された数値やデータが「正常範囲かどうか」の医学的評価
- 腫瘍マーカーの数値の変化だけをもって、病状が良くなった・悪くなったと判断すること(マーカーの解釈は他の検査結果とあわせて医師が総合的に行うもの)
特に腫瘍マーカーは、感染症や他の要因でも変動することがあり、数値の増減だけで一喜一憂しすぎないことが大切だと言われます。記録と整理はAIに任せつつ、その数値が持つ意味は、必ず主治医との対話の中で確認するようにしましょう。
この場面ならではのハルシネーション対策
体調・症状の記録は、断片的なメモや数値データを扱う場面が多く、ここにも見落とせない落とし穴があります。
時系列を整理する際、日付や順序を取り違えたり、書いていない症状を補ってしまうリスク
断片的なメモをまとめる過程で、AIが日付を誤って並べ替えたり、実際には書いていない症状を「あったこと」として補完してしまうことがあります。
プロンプト例:
時系列に整理する際、私が書いたメモの内容だけを使ってください。日付や症状について、推測で補ったり、書いていない内容を追加したりしないでください。もし日付が不明な記述があれば、無理に順序をつけず「日付不明」として示してください。
数値データの単位や基準値を誤って解釈してしまうリスク
腫瘍マーカーや検査数値を扱う際、単位の混同や、検査機関によって異なる基準値を、AIがあたかも一般的な基準であるかのように示してしまうことがあります。
プロンプト例:
数値を整理する際、単位を勝手に変換したり、基準値を一般化して断定したりしないでください。基準値は検査機関によって異なる場合があるため、「詳しくは検査結果に記載の基準値を確認してください」と必ず添えてください。
少ないデータから、もっともらしい傾向を提示してしまうリスク
症状のパターンを分析する際、記録がまだ数回分しかないのに、あたかも確立された傾向であるかのように断定的な説明をしてしまうことがあります。
プロンプト例:
このパターン分析は、まだ3回分のデータしかありません。データが少ない段階での分析であることを明記した上で、「あくまで参考的な傾向であり、断定はできません」という注意書きを必ず添えてください。
対策のまとめ
- 整理された時系列やパターンは、必ず元のメモ・検査結果と照らし合わせて確認する
- 数値の意味や基準値については、AIの説明を鵜呑みにせず、検査結果に記載された基準値や医師の説明を優先する
- データが少ない段階での「傾向」は、あくまで参考程度に留め、断定的に受け取らない
まとめ
体調・症状の記録は、地味で面倒に感じられるかもしれませんが、続けていくことで「未来の自分」と「医師」への贈り物になります。断片的なメモを時系列に整理してもらう、腫瘍マーカーの推移をまとめてもらう、続けやすいフォーマットを一緒に考えてもらう——AIは、この地道な作業を後押ししてくれる存在です。
ただし、数値の意味や症状の危険性の判断は、あくまで医師の領域です。記録と整理はAIに、解釈と判断は医師に、という役割分担を意識しながら、無理なく続けられる記録の習慣を見つけていただければと思います。
次回、第6回は「家族や職場への伝え方のサポート」を取り上げます。病気のことを、大切な人にどう伝えればいいのか。一緒に考えていきましょう。










