膵臓がんは「手術だけ」ではない――手術の前後に行う抗がん剤治療

古瀬 純司(神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター総長)先生が、「膵がん外科手術の術前・術後補助療法―切除成績の向上を目指して」と題した記事をがんナビに投稿されています。 現在の膵臓がん治療の方向性がわかる良い記事だと思います。
しかし、専門用語が多くて、医療従事者でないとすぐには理解しづらいと思いますので、なるべく専門用語は使わないで解説をしてみました。
「手術ができることになった。これで、がんを取ってしまえば終わりなのかな?」
膵臓がんと診断され、手術を目指せると聞いたとき、そんなふうに考える方は少なくないと思います。
もちろん、手術でがんを取り除くことは、膵臓がんの治療において非常に重要です。実際、膵臓がんでは、がんを完全に取り除く手術が、治癒を期待できる治療の中心になっています。
ただ、膵臓がんの場合は「手術で見えているがんを取れば、それで終わり」とは簡単にいきません。
手術で取り除いたあとも、画像検査では見えないほど小さながん細胞が体のどこかに残っている可能性があるからです。
そこで重要になってくるのが、手術の前後に行う抗がん剤治療です。
2026年8月に公開された「膵がん外科手術の術前・術後補助療法―切除成績の向上を目指して」という記事をもとに、膵臓がんの患者さんが知っておきたい「手術と抗がん剤の関係」について、できるだけ難しい言葉を使わずに整理してみます。
膵臓がんでは、なぜ「手術だけ」では足りないの?
まず知っておきたいのは、膵臓がんでは、手術でがんを取り除くことができても、再発を完全に防げるわけではないということです。
手術では、画像検査などで確認できるがんを取り除きます。
ところが、体の中には画像検査では確認できないほど小さながん細胞が、すでに存在している可能性があります。
こうした細胞が時間とともに増えてくると、あとになって再発として見つかることがあります。
そこで、
「手術で目に見えるがんを取り除く」
だけではなく、
「手術の前後に抗がん剤を使って、残っているかもしれない小さながん細胞も攻撃する」
という考え方が重要になってきました。
このように、手術を中心にしながら、その前後に薬物療法などを組み合わせる治療を「補助療法」と呼びます。
難しい言葉ですが、「手術を助けるための治療」と考えれば大丈夫です。
「できるだけ広く切ればいい」というわけでもない
以前は、膵臓の周囲にあるリンパ節をできるだけ広く取り除けば、治療成績が良くなるのではないかと考えられていました。
しかし、実際に比較してみると、広く取り除いたからといって、患者さんの生存期間が長くなるわけではありませんでした。
膵臓の周囲には、腸の動きなどに関係する神経がたくさんあります。
そのため、必要以上に広い範囲を手術すると、ひどい下痢などの問題が起こり、かえって日常生活に大きな負担をかけることがあります。
つまり、
「たくさん取れば取るほど良い」
という単純な話ではなかったのです。
現在では、必要な範囲を適切に切除しながら、できるだけ体への負担を抑えることが重要だと考えられています。
私の場合は19年前ですが、この血管の周囲にあるリンパ節を広く郭清した手術を行いました。その結果、神経性の激しい下痢がしばらく続いたのです。アヘンチンキを服用しながら、なんとか生活ができる、そんな状態でした。ある時は、電車の中で急に下痢症状になって、途中下車して、ホームにあったトイレへ駆け込んだこともありました。
手術の後に抗がん剤を使う理由
膵臓がんでは、手術後の抗がん剤治療について、これまで多くの研究が行われてきました。
その中で、最初に効果が確認された薬の一つが「ゲムシタビン」です。
手術後にゲムシタビンを6か月間使うグループと、手術だけを行うグループを比較したところ、ゲムシタビンを使ったグループのほうが、再発せずに過ごせる期間、そして全体として生存する期間の両方で良い結果が得られました。
その後、日本で「S-1」という飲み薬を使った大きな研究が行われました。
この研究では、手術後にS-1を6か月間使ったグループが、ゲムシタビンの点滴を受けたグループより良い成績を示しました。
その結果、現在の日本では、膵臓がんの手術後にS-1を使う治療が標準的な治療として広く行われています。
ここは、患者さんにとってかなり大切なポイントです。
「手術が終わったから、がん治療も終わり」
とは限らないということです。
手術後の抗がん剤まで含めて、再発をできるだけ防ぐための一連の治療として考える必要があります。
では、なぜ「手術の前」に抗がん剤をするの?
ここからが、今回の記事でぜひ知っておいていただきたいところです。
これまでは、
「まず手術をする」
↓
「体が回復したら抗がん剤を始める」
という流れが基本でした。
ところが、手術後はどうしても体力が落ちます。
傷の回復が遅れたり、手術後に合併症が起きたりすると、予定していた抗がん剤治療を始められないことがあります。
資料では、手術後の補助療法を受けられない患者さんが少なくなく、半分近くの患者さんが術後の治療を受けられないというデータも紹介されています。
そこで出てきたのが、
「体力がある手術前に、先に抗がん剤をしておこう」
という考え方です。
これが「術前補助療法」です。
言葉は難しいですが、意味はシンプルです。
手術をする前に、抗がん剤でがんをたたいておく。
これが術前補助療法です。
手術前に抗がん剤をするメリット
手術前に抗がん剤を行うことには、いくつかのメリットが考えられています。
まず、手術前のほうが患者さんの体力が保たれているため、抗がん剤治療を受けやすいということです。
そして、まだ手術をしていない段階で、全身に存在するかもしれない小さながん細胞に対して治療を始められます。
さらに、抗がん剤が効いているかどうかを確認できるという意味もあります。
一方で、もちろんデメリットもあります。
抗がん剤を先に行っている間に病状が進み、手術ができなくなる可能性もあります。
ですから、
「手術を先にするのが良いのか」
「抗がん剤を先にするのが良いのか」
という問題は、実際に臨床試験で比較して確かめる必要があります。
日本で行われた大きな研究で、術前治療の効果が確認された
この問題について、日本でも重要な研究が行われています。
それが「Prep-02/JSAP05」という臨床試験です。
この研究では、手術ができると判断された膵臓がんの患者さんを、
「すぐに手術するグループ」
と、
「まずゲムシタビン+S-1による抗がん剤治療を行い、その後に手術するグループ」
に分けて比較しました。

その結果、手術前に抗がん剤治療を行ったグループのほうが、再発せずに生存した期間も、全体として生存した期間も良い結果になりました。
この研究結果をもとに、現在の日本の膵癌診療ガイドラインでは、手術で取り除けると判断された膵臓がんについて、手術前にゲムシタビン+S-1による治療を行ってから手術する方法が推奨されています。
つまり、日本では、
「手術できる膵臓がんだから、すぐ手術」
だけではなく、
「手術の前に抗がん剤をしてから手術」
という治療の考え方が重要になっているわけです。
ただし、「強い抗がん剤ほど良い」という話ではありません
膵臓がんの治療では、さまざまな抗がん剤の組み合わせが研究されています。
手術後の治療では、S-1のほかに、
「modified FOLFIRINOX」
「ゲムシタビン+カペシタビン」
などの治療も研究されています。
特にmodified FOLFIRINOXは、海外の研究で良い結果が示されています。
ただし、ここで注意しておきたいことがあります。
S-1とmodified FOLFIRINOXの成績を、そのまま数字だけで比較することはできません。
それぞれの研究で、参加した患者さんの年齢や体の状態、手術の状況などが違うからです。
資料でも、両方の研究結果を単純に比較するのは適切ではないと説明されています。
また、modified FOLFIRINOXは複数の抗がん剤を組み合わせる治療なので、治療による負担も大きくなります。
一方、S-1は飲み薬です。
「効果が強そうだから、強い治療を選べばいい」
という単純なものではなく、
治療効果と副作用、そして患者さん自身の体力や生活とのバランスを考えることが大切
ということになります。
手術後に「R0」「R1」と言われたら?
膵臓がんの手術を受けた後、病理検査の結果を聞くと、「R0」「R1」という言葉が出てくることがあります。
これは簡単に言えば、
「手術でがんをどこまで取り切れたのか」
を表す分類です。
R0は、顕微鏡で詳しく調べても、切り取った端の部分にがんが見つからなかった状態。
R1は、肉眼ではがんが残っているようには見えないものの、顕微鏡で調べると切り取った端にがん細胞が見つかった状態です。
R2は、肉眼でもがんが残っている状態です。
患者さんとしては、
「R0なら絶対に再発しない」
「R1ならもう手遅れ」
という意味ではないことも知っておいてください。
この分類は、その後の治療や再発の可能性を考えるための重要な情報の一つです。
日本と海外では、標準的な治療が違う
ここも興味深いところです。
日本では、手術後の治療としてS-1が広く使われています。
一方、欧州ではmodified FOLFIRINOX、米国ではmodified FOLFIRINOXやゲムシタビン+カペシタビンが推奨されています。
「なぜ世界で同じ治療になっていないの?」
と思いますよね。
大きな理由の一つは、国や地域によって行われた臨床試験の結果が異なるからです。
また、S-1は欧米人では下痢などの副作用が強く出やすく、十分な量を使うことが難しいという事情もあります。
ですから、「海外で使われている薬のほうが優れている」「日本の治療のほうが優れている」と単純に考えることはできません。
これから期待されている「血液でがんを調べる」技術
最後に、これからの膵臓がん治療についても少し触れておきましょう。
資料では、「ctDNA」という新しい検査方法が紹介されています。
難しい名前ですが、簡単に説明すると、
血液の中に、がん細胞から出てきたDNAのかけらがないかを調べる方法
です。
たとえば手術後にCTなどの画像検査をして、「がんは見つかりません」となったとしても、非常に小さながん細胞が体のどこかに残っている可能性があります。
もし血液検査によって、そのようながんの痕跡を早い段階で見つけられれば、
「再発の可能性が高そうな人には、もう少し積極的に治療する」
「再発の可能性が低そうな人には、治療による負担を抑える」
といった、患者さん一人ひとりに合わせた治療につながる可能性があります。
ただし、膵臓がんについては、まだ研究が進んでいる段階です。
現時点で、すべての患者さんが当たり前に受ける検査というわけではありません。
膵臓がんの治療は「手術だけ」から変わってきている
今回の記事を読んで、私が患者さんにぜひ知っておいてほしいと思ったのは、
膵臓がんの治療は、「手術だけでがんを取る」という考え方から、「手術と薬物療法を組み合わせて、再発をできるだけ防ぐ」という考え方へ変わってきている
ということです。
手術ができる場合でも、手術だけで終わるとは限りません。
手術の前に抗がん剤を行う場合もあります。
手術の後にも抗がん剤を行う場合があります。
そして、どの薬を、どのタイミングで使うのかについても、現在も研究が続いています。
さらにこれからは、血液中のがんの痕跡などを調べながら、
「この患者さんには、この治療を」
という、より個別化された治療ができるようになる可能性もあります。
膵臓がんは、まだまだ治療が難しいがんです。
一方で、手術の方法、抗がん剤、手術前後の治療の組み合わせなどについて、少しずつ治療成績を良くするための研究が積み重ねられています。
今回紹介した内容も、あくまで2026年時点での研究結果やガイドラインに基づく一般的な情報です。
実際の治療は、がんの場所や大きさ、周囲の血管との関係、転移の有無、体力、持病などによって変わります。
もし主治医から「手術を目指せる」と説明された場合には、
「手術の前に抗がん剤をする予定ですか?」
「手術後には、どのような治療を予定していますか?」
「私の場合、S-1を使う理由は何ですか?」
「手術後の病理検査でR0、R1などが分かった場合、治療は変わりますか?」
などを聞いてみると、自分の治療計画を整理しやすくなると思います。
治療について具体的な判断をする際には、必ず主治医や担当の医療スタッフに確認してください。
参考にした資料
がんナビ「膵がん外科手術の術前・術後補助療法―切除成績の向上を目指して」2026年8月17日公開。今回の記事では、この資料の内容を患者さん向けにかみ砕いて整理しました。











