サイトアイコン 残る桜も 散る桜ー膵臓がん完治の記録

ガンとこんにゃくゼリー

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                               余命宣告なんぞは、蹴っ飛ばせ!


こんにゃくゼリーによる窒息事故が報道されていた。マンナイライフ社は堅さや弾力性を少し変えて販売を再開したという。会社の販売再開については賛否両論があるという。

厚生労働省の調査によると、食べ物による窒息死者数は例年4000人を超え、平成18年は約4400人に上る。こんにゃく入りゼリーによる事故が社会問題
化したこともあり、厚労省の研究班が今年、全国の救命救急センターや政令指定市の消防本部を対象に事故事例(18年)を調査したところ、救急搬送された人
の大半が65歳以上の高齢者と10歳未満の子供だった。

08年の厚生労働省の調査では、原因を把握できた窒息事故803件の内訳は、

餅                     168
パン                       90
ご飯                       89
魚介類                    62
肉類                       60
果実類                    60
すし                        41
アメ                        28
団子                       23
ミニカップ入りゼリー  11
こんにゃく                10

となっており、こんにゃくゼリー(ミニカップ入りゼリー)による窒息事故は決して多いわけではない。というより、むしろ意外だったパンによる窒息事故数よりは遙かに少ない。「どうしてこんにゃくゼリーばかりが悪者にされるのか」という反論にも一理はありそうだ。もちろんこんにゃくゼリーの大きさや形を改善すれば事故は少なくなるだろうとも思われるので、対策を取ろうとしない業界を非難する立場も理解できる。

しかし、ここでこんにゃくゼリーが悪者かどうかを判断するつもりはない。どうしてか「ガンによる死」を連想してしまうのである。

ガンによる死は、全死亡原因の中で今では第一位を占めているようだ。だから窒息事故に占めるこんにゃくゼリーの割合よりは確かに高い。私が言いたいのは、「どうしてガンによる死だけが恐れられるのか」ということであり、その根拠が希薄なことに、こんにゃくゼリーとの類似性を見るからである。いわば、ガン=痛みに七転八倒して確実に死ぬ、こんにゃくゼリー=危険な食べ物という等質性だといっても良い。

しかし、餅による窒息死がこんにゃくゼリーによる窒息死よりも楽で良いとは思わないが、ヒトはいずれは何かの死因で死ぬのだとしたら、ガンによる死が、他の原因による死よりも決して悪いものだとは思えない。私の弟はバイクによる交通事故で若くして亡くなったが、死に際して何の準備もできず、交際相手の女性に別れの言葉を告げることもできずに逝ってしまった。交通事故死と他の死とを比較する時間的余裕は、弟にはなかった。

ガンは幸か不幸か、死を迎えるまでに幾分かの時間がある。死の恐れを十分に感じる時間がある。死を準備し、与えられた時間をどう過ごすか、自分で決めるための余裕がある。この時間を、死を恐れ、どうにか助かる方法はないか、特効薬はないかと右往左往して、ガン難民となって過ごすか、まぁ俺の人生はこんなものさと、死を受け入れて過ごすか、どちらを選ぶかは自分の選択に任されている。多くの患者は前者の方を選ぶが、後者を選んだ患者は、与えられた時間を十分に楽しみ、やりたいことに没頭して過ごす。
そうして、どういうわけか、死を受け入れて悠々と生きたものが、腫瘍が縮小して、ときには完全緩解することがある。

ガンは心の有り様で治すことも、悪くすることもできる。これは今日の精神神経免疫学が科学的に明らかにした到達点である。
余命宣告を受けようが、「後はホスピスですね」と言われようが、そんなものは蹴っ飛ばせばよい。

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