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帚木蓬生「聖灰の暗号」

久しぶりに帚木蓬生の作品を読んだ。『聖灰の暗号』
」上・下だ。

聖灰の暗号〈上〉 (新潮文庫)
帚木 蓬生


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13世紀の南フランスを舞台にしたキリスト教の一派であるカタリ派が、ローマ正教から異端の弾圧を受け、多くの信者が火あぶりの刑により殺されるのであるが、その異端審判の記録を巡って歴史学者須貝と恋人の精神科医クリスチーヌが活躍する。後半はサスペンス小説の趣だ。

須貝は、権力や政治の歴史を研究するのではなく、本当の民衆の生活はどうだったかを探るアナール派の研究者で、物語が進むに従い、カタリ派の清貧な生き方、信仰は日々の生活の中にあるという生き方に惹かれてしまいます。遊行上人と言われた鎌倉時代中期の僧・一遍や、アッシジの聖フランシスコがほぼ同じ時代の人物で、同時に信仰一筋の清貧な生き様を通したことも紹介される。それとは対照的な、弾圧する側のバチカンの聖職者とは思えない貪欲さ、拷問道具に工夫を凝らせる残虐さが対比される。

帚木蓬生の作品は、「アフリカの蹄」や「三たびの海峡」など、社会の底辺にいる者 への温かい眼差しがある。「アフリカの蹄」などは山本周五郎の「赤ひげ診療譚」やクローニンの「城塞」を彷彿とさせて、これぞ小説!という読後感がある。

「帚木」は「源氏物語」第2帖の巻名であり、別に「信濃国(長野県)薗原にあって、遠
くからはほうきを立てたように見えるが、近寄ると見えなくなるという伝説上の樹木」の意味もある。何年か前に薗原の地を訪れたが、伝説の木のある阿智村の神坂。中央道の恵那山トンネルの上あたり、細い山道の行き止まりに神坂神社があり、その付近だった。案内板が一枚あるだけで、木のある場所までは道もない。杣道をかき分けて登ったが、案内板に往時の姿を残して、帚木はすでに朽ち果てていた。

「蓬生(よもぎ・ふ)」も同じ「源氏物語」の第15帖の
巻名で、よほど源氏物語が好きな作家に違いない。そのせいか、作品のヒロインにも、どこか紫式部を思わせるような知性を持った女性が多い。「賞の柩」のヒロイン紀子もそうした女性で、パリで絵の勉強をしている。彼女が、医者である父の死をきっかけに、フランスの画家スゴンザックの作品にひかれるようになり、その日のうちにパリ行きを決心する。

「下手でしょう」。紀子はスゴンザックの絵を前にして、いたずらっぽく言った。

不思議な絵だ。表面的には高校生にでも描けそうな風景画だが、風景を見つめている画家の目、体温、心臓の音がじかに伝わってくる。
パリ郊外の風景が無造作に描かれている。奇抜さや高度な技術もない。画家は素直に自然と向き合っていた。

そのスゴンザックの作品が倉敷の大原美術館に一点あるというので、これも数年前だが出張の帰りに観にいった。電車の時間が迫っていたので、駆け足で係員に絵のある場所を聞き、スゴンザックの作品だけを観て帰ったことがあった。積み藁を描いた作品だったと記憶している。モネの同じ「積み藁」という作品の明るい色調に比べても、暗くて、決して上手な絵ではなかったが、どこかに農村の臭いのする絵だった。

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