「オーダーメイド型医療」がさかんに言われています。これまでの医療が患者の個別性を無視してきたことへの反省もあるのでしょう。オーダーメード医療にも二つあると思います。一つは患者の遺伝子を調べて、薬の効果が出やすいかどうかを事前に知った上で投与する意味でのオーダーメイドです。例えばロハス・メディカルでは「あなたにオーダーメード医療を」と題して、12回にわたって連載しています。これは中村祐輔教授が紙面に連載したものをウェブで公開しているものです。
人間のDNA配列は人種差や個人差(遺伝的多様性)があり、細胞内で作られる物質の種類や量に個人差があります。これが病気を起こしたり、薬の効果や副作用の出方に影響を与えると考えられています。乳がんの術後補助化学療法に使われている「タモキシフェン」は、ある種の酵素活性の弱い人ではタモキシフェンを薬効成分に変えることができず、治療効果が見込めません。これが遺伝子を調べることで事前に分かっていれば「オーダーメード医療」が可能となり、ムダな治療をせずにすむわけです。
もうひとつの側面は、がん細胞に特異的なタンパク質を見つけて、それを免疫細胞に教え、免疫力でがん細胞をやっつけるという「がんワクチン療法」です。これは、がん細胞の遺伝子構造は同じ腫瘍なら同じ構造をもっているはずだということが前提になっています。しかし、先日報道されたように、第3相試験では、がんペプチドワクチンは生存期間の延長を証明することができませんでした。その理由はいくつか考えられます。患者の免疫力を低下させる抗がん剤ジェムザールと、免疫力を高めようとする「がんワクチン」を同時に使うというのは、素人が考えてもおかしい実験です。しかし、有効だと認められているジェムザールを使わないという方法は人道的に考えれば選択することはできません。
これが別の理由になる得るかもしれないというニュースがあります。ウォール・ストリートジャーナル日本語版の3月8日付の『がんの「オーダーメード医療に躓き』記事です。
8日付のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)に掲載される研究報告の中で研究者らは、腫瘍の遺伝子構造は同じサンプルでもいくつもある場合もあることを明らかにした。がんのオーダーメード医療での課題を示す研究成果だ。
この研究は、患者の腫瘍の単一のサンプルだけの分析―現在のやり方だが―では、病気の経過に影響する重要な遺伝子の変異を見逃す可能性があることを明らかにした。これは翻って言えば、腫瘍に影響する変異をターゲットとする薬を見つけるというオーダーメード医療の研究を妨げる可能性があるということだ。
研究者らは、こうした腫瘍の遺伝的な研究が、がん治療を変えられるという期待をしぼませるものではない、と指摘しているが、オーダーメード医療がこれまで以上に複雑になり、費用もかかるものになる可能性はある。
腫瘍細胞ごとに遺伝子変異が違うとしたら、分子標的薬やペプチドワクチンの効果も一部の腫瘍細胞にしか効果がないということになります。このような話は、立花隆の『がん 生と死の謎に挑む
膵臓がんの場合は、新生血管形成を阻害するワクチンの方が効果があるだろうと先に臨床試験をしたのですが、その結果は残念なことになりました。だから次は腫瘍に直接作用するワクチンをということですが、それは以前の説明と違うように思います。オンコアンチゲンを標的としたがんペプチドワクチンは、がん細胞そのものを攻撃するCTL(細胞障害性T細胞)を誘導するが、がん細胞がHLA分子の発現を引っ込めてしうと、がん細胞は攻撃から逃れることができる。だから、腫瘍新生血管を標的としたワクチンを開発したのが、今回の第3相試験だったはずです。
シカゴに赴任する前の中村祐輔教授が最後の講演が、『「がんペプチドワクチン療法」 ~がん患者に夢、希望、そして笑顔を~』と題して、3月22日に東大医科学研究所附属病院であるようです。この場で今回の治験の内容がある程度説明されるだろうと期待しています。時間が許せば参加したい。