原爆の日に

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【日 時】2019年8月31日(土) 13:10~16:30(開場・受付:12:50ごろ)
【場 所】JR京浜東北根岸線 大森駅東口から徒歩4分 Luz大森4階 入新井集会室
【参加資格】膵臓がん患者とその家族、遺族
【参 加 費】1,000円(会場使用料及び資料代、講師謝礼)
【定 員】 130名
【内 容】
●講演:緩和ケア医 大津秀一先生「膵臓がんの緩和ケア~これだけはおさえておくこと~」(仮)
●患者さんどうしの情報交換会~フリートーキング

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クミコ 『INORI~祈り~』

別れがくると知っていたけど
本当の気持ち言えなかった
色とりどりの折り鶴たちに
こっそりと話しかけていました
愛する人たちのやさしさ
見るものすべて愛おしかった
もう少しだけでいいから
皆のそばにいさせてください
泣いて泣いて泣き疲れて
怖くて怖くて震えていた
祈り祈り祈り続けて
生きたいと思う毎日でした

この曲は、クミコが2010年2月シングル盤としてリリース。広島平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデル・佐々木禎子の甥で被爆二世シンガーである佐々木祐滋が禎子と平和への想いを綴った歌で、クミコに歌って欲しいと申し出た。当初は、広島出身でもなく原爆という難しい内容を扱った歌を私が歌ってよいものか悩み一度は断った。しかし依頼してきた佐々木の「こんな青年を未だに不安にさせる一個の原爆の怖さ、そしてそのことを後世に伝えたいという佐々木の熱い気持ちに、私の歌で伝えていく手助けになれば」と依頼を引き受けた、という。

禎子さんは、発病してから亡くなるまでの間、ずっと小さな折り鶴を折った。そして12歳で白血病で亡くなった。

ニューヨークで行われた日米文化交流の『ジャパン・デー』で、クミコはこの歌を歌うことになった。主催者からは曲のモデルが原爆の被爆者、禎子であることはいわないようにと、釘を刺された。しかし、クミコは「戦争で傷ついた白血病の少女が平和を祈った歌です」と紹介した。通訳はきちんと説明してくれなかった。その場にいたのが、禎子と同じように13歳で広島で被爆した笹森恵子さん。この歌を聴いてその場で号泣した。

笹森さんは被爆して身体の3分の1がケロイド状になった。そんな彼女たちを、平和活動家で『笑いと治癒力』のノーマン・カズンズが呼び寄せて、当時では世界最高レベルの形成外科手術を何度も繰り返し受けさせた。ケロイドは人並みに生活できるまで回復した。カズンズは笹森さんに『笑いと治癒力』の内容を繰り返し聞かせたという。笹森さんも、原爆の後遺症だと思われるがんに3回なった。しかし、その度に適格な治療と笑いで克服してきた。

『笑いと治癒力』の「訳者のことば」には松田銑氏が次のように書いている。

Imageyositakapc001しかし、カズンズ氏は決して雑誌編集者だけの人ではない。彼はクエーカーの信仰に裏づけられた進歩主義者として世界連邦運動、平和運動、核兵器廃止運動、環境汚染反対運動の先頭に立ち、世界的な活動をつづけ、その功績によって内外の多くの賞を受けている。彼の事業の中で日本人にもっともよく記憶されているのはおそらく、一九五五年「広島の被爆乙女」二十五人をアメリカに連れて行き、形成外科手術を受けさせたことであろう。

58年も昔のことだから、ほとんどの日本人は記憶していないだろうが、当時としてはたいそうなできごとだったらしい。

クミコは、2011年の東日本大震災発生時には石巻市民会館でコンサートのリハーサルをしていた。その後、津波が押し寄せてくる中で、ホール近くにある裏山へ必死に避難し命からがら助かったと、ブログやインタビューで明らかにしている。機材は全て失われ、身一つで日本海側経由で東京に戻ったという。


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石巻の老舗のサルコヤ楽器店では、津波によって27台のピアノが流された。社長の井上晃男は、泥の中からグランドピアノを掘り出し、修復を始めた。潮水と砂につかったピアノを分解して、組み立てた。しかし中から錆が出てくる。何度も何度も分解と修復を繰り返し、ねじを巻き、弦を張り替えた。その話を聞いたクミコは「再生したら、買いたい」と申し出た。

そして石巻で再生されたグランドピアノによる「再生ピアノコンサート」が開かれた。

再生ピアノで唄う”心の復興”コンサート「一歩だけ前へ…」~石巻のみなさんとごいっしょに~

原爆と原発、同じ原子力エネルギーであり、人類に災いをもたらすことでもまったく同じものです。

続・笑いと治癒力―生への意欲 (岩波現代文庫)カズンズが言っているのは、笑っていればがんが治るとか、ビタミンCが膠原病に効くとかではない。笑いの力であらゆる病気に打ち勝てるなどと、非科学的なことを言っているのでもない。(山下俊一のように「笑っている人のところには放射線はやってこない」とか、安保徹のように「身体を温めればすべての病気は治る」と言うのでは、もちろんない)

人間には「死」が避けられないものであり「命」は有限であることをあるがままに受け入れ、それ故にこそ最後の瞬間まで生きる努力・希望を持てと説く。その努力が予想外の奇跡を生む可能性を決して忘れるな、人間に宿る神秘、なかでも自然治癒力の大きな力を尊重せよ、と説いているのだ。それは彼自身が二度にわたってそれが真実であると証明したからだ。明るく、強い精神的情緒(生への意欲、希望、信頼、愛、快活さなど)が、伝達物質を通じて瞬時に細胞、遺伝子に「情報」として伝わるのであり、治癒的効果をもたらす生化学的反応を引き起こすことに確信を持てと言っているのだ。(前回の記事「心が免疫系に与える影響(3)」でも説明した)

治りたいと思う前に「死」を受け入れること。受け入れた上で「今を楽しく」でなければ、心のありようでがんが「治ることは希」なのだ。


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