中島梓と良寛の死

転移

中島梓(栗本薫)さんが5月に膵臓がんで亡くなっています。その最後の日記が『
転移』という本になり出版されています。

自分でも「記録魔」と言うくらいですから、しかも作家の本性でしょうか、毎日の食事のこと、演奏会のことや小説のことなど、闘病のあいだも精力的に生きている姿が書かれています。

日記の最後がすさまじいです。亡くなる数日前からパソコンでは打てなくなり手書きになっているのですが、最後の日、5月17日はパソコンに向かったらしく、このように記録されています。

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これを見た時、背中に電流が走るような感覚を覚えました。「まだ生きている」と書こうとしたのでしょうか。「まだ死にたくない」と書こうとしたのでしょうか。

私は彼女の小説はまったく読んだことがない。「グイン・サーガ」だとかあるらしいが、私の興味の対象外の作品だという印象だ。今回の『転移』が始めて読む彼女の作品だから、彼女の創作活動に関して何かを言う資格は、もちろんない。

癌は一般に死ぬ直前まで意識がはっきりしていると言われるが、本当にその状況が、苦しくて、だるくて、激痛ではないがずっと続く痛みが生きようとする意欲を萎えさせるということが、記録から伝わってくる。亡くなる数日前は、ご主人も癌で手術をするという苦境のさなかに命の火が消えていくのが、心残りだったに違いない。

読み始めた時は、「やっぱり私は贅沢が好きだ。きれいな場所、贅沢な場所、おいしいもの、きれいな着物、ちやほやされること、大事にされること、VIPとして扱われること・・・・そういうことがとても好きなのだ」という言葉に「違うんじゃない?」と感じたりした。経済的に苦しい状況でも高価な着物を衝動買いしたりすることにも呆れたりした。

しかし、最後の1ページを見た時、それらの全てを肯定的に捕らえ直すことができるような気がした。そう、ヒトそれぞれの人生だ。自分の価値観で必死に生きたことには違いあるまい。それでいいじゃないか、と思えるのだ。肝臓に転移した膵臓がんに「ガン太郎、ガン次郎、ガン三郎」という名前を付けて、「大きくならないでおとなしくしていてね」と語りかける彼女は、死ぬことを受け入れようとしながらも、やはり「生きたい、生きたい」と思い、最後に見た大崎の桜を来年も見ることを夢見ていた。

手毬 (新潮文庫)

瀬戸内寂聴の『手毬』は貞心尼を通してみた良寛を描いている。最後にこんな
一節がある。良寛さんは、たぶん大腸がんではなかったかといわれているが、その最期のときの描写である。

正月四日になって由之さまが見えられたときは、数日の間にまたげっそりと面変わりされたと愕かれていた。
由之さまと交代でお伽をしている時、私はさりげなく、
「お心にかかることはございませんか、御心持ちは如何でしょうか」
と申し上げた。良寛さまは薄目をあけて、真っ直私の目を捕らえ、
「死にとうない」
とつぶやかれた。聞きちがいかと、一瞬目を大きくしたが、その私の表情をごらんになって、うっすらと微笑され、
「死にとうない」
ともっとはっきりいわれた。
「こんなに優しい人たちに囲まれているのだもの、もっとこの娑婆にながらえたい気がする」
もはや薬も食事も自ら断たれているようなので、私も覚悟を決めていった。
「御時世は」
良寛さまは半分眠ったようなうつらうつらとした声音で、
「散る桜、残る桜も散る桜」
とつぶかかれ、そのまま引き込まれるようにすとんと眠りに入られた。理につきすぎて良寛さまらしくないお歌だった。やはり時世というのはまだ神経のしっかりしている時につくっておくのがいいのだろうか。

辞世の句は本当だが、死ぬ時に「死にとうない」といったかどうかは定かでない。しかし、良寛さんらしい言葉だと思う。

騰々(とうとう) 天真に任す
嚢中(のうちゅう) 三升の米
炉辺 一束の薪
誰か問わん 迷悟の跡
何ぞ知らん 名利の塵
夜雨 草庵の裡
雙脚(そうきゃく) 等閑(とうかん)に伸ばす

中島梓と良寛、二人の最後のすがた。悟ったとか悟らないとか、そんなことはどうでも良い。優しい人に囲まれた楽しい人生をもっと堪能したい、ただそれだけだよ、と言っているようだ。中島梓も自分の仮想世界を描くことで、生きることを楽しんだ、そんな人生だったに違いない。

しかし、治療法についてはもっと考えても良かったのではないだろうか。TS-1で効果がなくなった後も投与を続けて副作用に苦しむことはなかったのではないか。ニューシティ・大崎クリニックでの高活性NK細胞療法という効かない(わずかの延命効果しかない)治療法を選ぶことが良かったのか。少量での抗がん剤でいわゆる「休眠療法」を選んだ方が遙かに生活の質(QOL)も良かったのではないか、などなど、明日は我が身かと考えると、このリアルな闘病日記は参考になります。


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