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プラシーボ効果を利用する

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ストレスが少ない乳がん患者は、死亡や再発のリスクが低い」という研究結果が明らかになった。同じ研究チームの以前の研究では、乳がん患者への介入プログラムの有無で生存率に差があるということだった。この研究はいろいろな書籍でも引用されているので、ご存じの方も多いだろう。その研究は継続されており、こんどは乳がんが再発した患者の死亡リスクについても差があったという結果である。

がんとこころのケア (NHKブックス)

心理的な要因が、がん患者の予後に影響を与えるということは、ほとんど実証された事実であるといっても良いのではないだろうか。(『がんとこころのケア』明智龍男 ではこの研究に異論を唱えているが)

であるならば、われわれがん患者が知りたいことは、どのようにすれば心理的要因を上手に利用してがんの治癒を獲得することができるのだろうか、ということである。つまりは、プラシーボ効果は利用可能なのか、ということだ。

二十世紀中頃まで治療は原始的・非科学的でほとんど効果がなく、(現代人からすれば)ショッキングであったり危険であったりするものであった。何千年にもわたって医師たちは、現在では無効で、ときに有害ですらある薬剤を処方し続けてきた。今日われわれは、これらの手技や薬剤の有効性は、非特異的要素つまりプラセボ効果であったことを知っている。事実、最近に至るまで医療の歴史は本質的にはプラセボ効果の歴史であった。無効は方法を使用していたにもかかわらず、医師は尊敬され名誉を与えられてきたが、それは彼らがプラセボ効果を治療に使えたためである。少なくとも近代の科学的医学の黎明まで、プラセボ効果は医療そのものであり全盛を極めていた。

パワフル・プラセボ―古代の祈祷師から現代の医師まで

『パワフル・プラセボ』の一節である。ハーネマンがホメオパシーを提案した時代、患者は、下剤を飲まされ、吐かされ、毒を飲まされ、切られ、吸角療法で吸われ、水疱を作られ、瀉血され、凍らされ、熱せられ、発汗させられ、蛭で血を吸われ、ハエやロバの糞を塗られ、ショックに陥り続けたのであった。むしろ治療しないほうが治癒する可能性が高かったに違いない。ホメオパシーのレメディは1分子も存在しないほどに薄められているのだから、これらの治療法にとって替えれば危険性はなくなり、患者が殺されることから免れる道理である。それにプラシーボ効果が付け加わるのだから、庶民に歓迎されたのも頷けよう。その意味では、当時は有効な治療法であったとも言える。しかし、現代医学である程度の疾患が治るようになったにもかかわらず、少なくとも間違った治療法で殺される患者は滅多にいなくなったにもかかわらず、いまだにホメオパシー療法を褒め称えている帯津先生のような医者もいる。

医療とプラシーボ効果は分かちがたく結びついている。プラシーボ効果は、あらゆる治療行為において数十%、ときには60%もの割合で有効性を発揮するという。EBMが強調され、二重盲検法が推奨されるとき、プラシーボ効果は、検証しようとする治療法にとっては”雑音”であり、取り除くべき対象である。しかし、プラシーボ効果が医療と分かちがたく結びついているであるのなら、現場の医師は「プラシーボ効果も処方できなくてはならない」。アンドルー・ワイルが言うように「強力なプラシーボ効果を利用して悪いことはない」のである。

プラシーボの治癒力―心がつくる体内万能薬

『プラシーボの治癒力』は、このプラシーボ効果を治療に用いるためには何が必要かを説いている。もちろんプラシーボ効果について分かっていることは少ない。また、免疫に関する知識は加速度的に増えているとはいえ、まだわれわれはその入口に位置しているに過ぎないだろう。まして脳の解明はほとんど進んでいない。プラシーボ効果が心(脳)と免疫とに関係するのであれば、我々にはほとんど分かっていないことばかりだという点は、留意しておくべきである。安保徹氏が言うように「ストレスをなくすれば癌は治る」ほどには人間の身体は粗雑にはできていないのである。

したがってこの本『プラシーボの治癒力』の内容も、「こうすればプラシーボ効果が利用できて、病気が治癒する」と断定的な方法を提起しているわけではない。しかし、現在までの研究成果を網羅して、プラシーボ効果の機序とそれにうまく対処する方法を提案しているのであり、がん患者として一読してみる価値はある。

(プラシーボ反応を)コントロールする「画期的な発見」はまだない。しかし、さまざまな分野でヒントとなりそうなものはたくさん見つかっている。この本では、これらのヒントを体系化して、プラシーボ効果という現象を解き明かし、強力な治癒効果を誰もが利用できるようにするための、明快かつ科学的価値のある理論に到達することを目指している。

  • 「意味づけ仮説」と著者が言うある一連の状況が存在するとき、症状が大いに改善する。
  • これまでのプラシーボ反応の例を挙げ、用語の定義をする。
  • 「体内の製薬工場」理論について検討し、理解する。
  • プラシーボ反応の作用理論である「期待論」と「条件付け論」から新しい「意味づけ仮説」を導入する。
  • プラシーボ反応が西洋医学と代替医療との接点で果たす役割について考察する。
  • 「回復したい」という欲求と、他者及び自分自身への寛容な態度について考察する。

本書の結論部分で著者は「プラシーボ反応を予測可能な、自分の意のままになるものとして扱うようになったら、皮肉なことにプラシーボ反応は私たちを助けてくれなくなるだろう。助けてくれるとしたら、ひとつには私たちがそれを神秘的だと思い続けているかぎりにおいてなのだ」という。

著者はまた、「意味づけ仮説」に基づいて「物語を織り上げる」ことを推奨する。

病気に対処するための第一ステップは、病気にいちばんよい説明を付けることである。どのようにして病気があなたの人生に入り込んできたのか、その原因は何か。過去のあなたの経験と似ている点はないか。病気に対処することであなたに変化はあったか。こうして織り上げられた「物語」には人によって三つのタイプがある。

「混乱の物語」は病気に打ちのめされて、恐怖と混乱に陥った物語である。がんを宣告された最初には多くの人がこうした物語を織り上げる。「どうしてこの私ががんにならなければならないのよ」「何かの間違いだろう」というわけである。しかしその期間は長くは続かない。いずれはみんな、次の「復活の物語」を語るようになる。

「復活の物語」は、正しい治療の結果病気はすっかり治って、過去の不愉快な思い出に過ぎなくなるというわけである。たいていの医師が語りたがる物語であり、多くの患者もこの物語を聴きたがる。現代医学に批判的な人たちは別の「復活の物語」を作りたがる。標準的な治療をするが結局うまくいかず、患者は絶望して自分で自分の病気を治すべきだという結論になる。そして代替医療の治療家にたどりつき、彼らのすばらしい「食事療法」あるいは「全体医療」で治ってしまう。担当の医者はびっくりして悔しがる、という物語である。しかし復活の物語には偽りがある。慢性疾患を抱えて治癒できなくても生存はできるようになった。インスリンを打ち続ければ糖尿病を持って生活することはできる。しかし、私たちはいずれいつかは死ぬのであり、病気とつきあって生きているのだということを忘れさせてくれるわけではない。多くの病気は「復活の物語」では救われない。末期癌になってもまだこの物語にしがみついているとしたら、人生を勿体なく過ごしているのだ。

傷ついた物語の語り手―身体・病い・倫理

「冒険の旅の物語」はアーサー・フランクが『傷ついた物語の語り手』で述べた興味深い物語である。これは主人公がドラゴンを倒したり、不幸な乙女を救うという「おとぎ話」に通じる物語である。主人公はさまざまな冒険をし、それに勝ったり負けたりしながら成長する。あるときはすばらしい武器を手に入れることもあれば、魔法使いに騙されることもある。こうした困難に打ち勝って、最後の闘いに臨むための資格を証明しなくてならない。しかし、任務は達成できることもあれば、失敗することもある。いつも必ず達成できるわけではない。この物語の核心は、「最終的に主人公が変容している」ということである。さまざまな体験によって鍛えられ、最初の青二才ではなくなっている。任務が達成できたのは、冒険によって身につけた新しい知恵と能力を使ったおかげであり、任務が達成できなかったとしたら、最初の野望はばかげた気まぐれであり妄想であったということである。彼の人生を真に満たすものは最初に考えていたものとはまったく違うということに気付くのである。

治療がうまくいくという希望がある間は「復活の物語」を織り上げるべきであり、「冒険の旅の物語」は時期尚早である。しかし、「自分もいつかは死ぬという事実をうまく受けいれることができたとき、私たちは体内の製薬工場を解き放ち、最高の働きをさせることができる」のである。死を受けいれることを納得したとき奇跡的な治癒が起こるという例はたくさんある。私のブログでも断片的に、著者と同じことを書いてきた。この本に出会って、自分の考えてきたことは的を射たものであったと確信できる。

やはり「こころの有り様」ががん患者の予後に大きく影響することはまちがいないのである。


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