がんと自己組織化臨界現象 (1)

これまでに何度か複雑系について書いてきました。門外漢の私が、しかもがん患者がどうして複雑系という数理科学に関心を持つようになったのか。ひと言で言えば「がんは複雑系だから」ということにつきます。がんが複雑系だという理解を持てば、いろいろなことがすっきりとするはずです。例えば「余命があてにならないのはなぜか?」「代替療法では本当に治らないのか?」「同じがん患者なのに長く生存している患者もいるのは?」「奇跡的治癒例はあり得るのか?」「近藤誠氏のがんもどき理論は正しいのか?」こうしたことに対する答えが得られるかもしれません。(得られると思っています)

がんが複雑系であることはまちがいないのですが、調べてみてもがんを複雑系の視点から論じたものがほとんどありません。複雑系の研究者だってがん患者になった人もいるはずですから、少しは論文があっても良さそうに思うのですが、これといったものがないのです。そこで少し詳しく、何冊かの書籍で部分的に書かれた内容をもとにして、がんを複雑系の視点から眺めてみることにします。とは言っても、野次馬根性だけが旺盛な素人が一知半解で書くのですから、眉につばを付けて、せいぜい「そんな見方もあるのか」という程度でおつきあいください。

複雑系とは?

「複雑系」ってなに?と訊かれても、発展中の学問であり、研究者によってもそのとらえ方が違うようです。

複雑系(ふくざつけい complex system)とは、多数の因子または未知の因子が関係してシステム全体(系全体)の振る舞いが決まるシステムにおいて、それぞれの因子が相互に影響を与えるために(つまり相互作用があるために)、還元主義の手法(多変量解析、回帰曲線等)ではシステムの未来の振る舞いを予測することが困難な系を言う。

これらは狭い範囲かつ短期の予測は経験的要素から不可能ではないが、その予測の裏付けをより基本的な法則に還元して理解する(還元主義)のは困難である。

複雑系は決して珍しいシステムというわけではなく、宇宙全体、天候現象、経済現象、人間社会、政治、ひとつひとつの生命体、あるいは精神的な現象などは、みな複雑系である。つまり世界には複雑系が満ち満ちており、この記事を読んでいる人間自身も複雑系である。

Wikipediaの「複雑系」からの抜粋ですが、ここでは「複雑系とは天候のようなもの」であり、3日先の天気予報があてにならないのは、地球の気象が地形・雲・風・気温・気圧などの因子が相互作用する複雑系だからである、という程度の理解で先に進めます。

グーテンベルク・リヒターの法則

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)しばらくのあいだマーク・ブキャナンの『歴史の方程式―科学は大事件を予知できるか史の方程式―科学は大事件を予知できるか』を種本に話を進めます。この本はすでに在庫切れですが、『歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)』のタイトルで文庫版になっています。文庫版のタイトルの通り、「べき乗則」がキーワードになります。

タイトルを見れば「歴史」に関する本のようですが、もちろん人間の歴史を複雑系の視点から考えてはいるのですが、それに至る過程では物理的な話題がたくさん出てきます。著者はヴァージニア大学で理論物理学の博士号を取得したのち、数年間のカオス研究の後Natureの編集に携わる。こんな経歴のブキャナンだから書けた一冊です。この本で言う「歴史」とは「時間」のことでもあるのです。「時間」項を含まない物理法則は定常状態を説明することはできるが、否定常状態の物理現象を説明することはできないのです。

公認「地震予知」を疑う1970年代、日本の地震学者は東海地震が今にも来ると信じて「地震予知」に取り組みました。地震予知連絡会は今でもあるようですが、あれから40年経ったが東海地震はやってきませんでした。そして危険は少ないと誰もが考えていた地域で、阪神・淡路大震災が起きたのです。地震予知に莫大な費用をかけた日本であるが、1995年のこの地震は誰も予知することができなかったのです。こうした事情は『公認「地震予知」を疑う』に詳しく書かれています。

地震の規模・エネルギーはマグニチュードで表わす。地震には典型的な大きさがあるのだろうか。人間の身長は体重には典型的な大きさというものがあります。だから統計を取ってグラフを書けば、いわゆる正規分布といわれる釣り鐘型の、左右対称なグラフになります。そして平均よりも左右にはずれるほど頻度は少なくなる。地震もそのようになっているのだろうか。マグニチュード3.0が最も多くて、それよりも大きくても小さくても地震の頻度は減少するのだろうか。この疑問に答えるため、1950年代に二人のアメリカ人地震学者ビーノ・グーテンベルクとチャールズ・リヒターはカリフォルニア南部で起こった地震の統計をグラフにしました。結果は単純な直線グラフでした。

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ただし、注意すべきは縦軸は対数目盛であり、マグニチュードはエネルギーの対数であるから、横軸もエネルギーで考えれば対数目盛だということ。このグラフの意味するところは、地震のエネルギーが2倍になるとその地震の起きる回数は4分の1になり、エネルギーが30倍(マグニチュードが1増える)になれば、頻度は100分の1になるということです。これは物理では「べき乗則」と呼ばれる重要な関係式です。

どうして「べき乗則」がそんなに重要なのか。次のようなイメージを考えてみます。あなたが今マグニチュード4の地震だとします。そしてあなたの周りにマグニチュードに応じた大きさの円盤を、その地震の個数だけあなたの周囲に配置します。すると、あなた(M4)より30倍大きい円盤(M5)は100分の1の数だけあり、30分の1の円盤(M3)は100倍あることになります。そして、あなたがマグニチュード4から3に、あるいは5に変化したとします。しかし、それでもあなたの周りの風景は変化しません。大きいものも小さいものも同じ分布をしているからです。そしてあなた自身がいまいくつのマグニチュードにいるのかも分からなくなってしまいます。

これが「スケール不変性」あるいは「自己相似性」と呼ばれる性質です。各部分が全体の縮小図であるかのように見える(フラクタル)というわけです。

もうひとつの重要な点は、べき乗則が成り立っている場合は、典型的な大きさというものはない、身長や体重のように平均値が好まれるということはないということです。これがグーテンベルク・リヒター則といわれている地震学の重要な法則です。

地震のエネルギーはべき乗則に従うので、その分布はスケール普遍的になる。大地震が小さな地震と違う原因で起こると示唆するものは、何も存在しない、ということです。したがって地震予知は不可能であり、地震予知学は”似非科学”であるといっても良いでしょう。淡路島の地下でわずかな岩石が崩壊したとき、「地震は、自分がどれほど大きくなるか知ることはできなかった。まさか核爆弾100個の規模になるとは」。したがって人間にも予知できないのは当然です。

日本における地震を考察したデータもあります。同じようにべき乗則に従っています。ただし、M8以上の地震は直線からはずれる傾向があり(上のグラフでもそうですが)、地震による地域差を示していると指摘されています。しかし、ある範囲では、世界のどこの地震でも同じようなべき乗則(グーテンベルク・リヒター則)が成り立っています。そして「べき乗則」が成り立っていれば、今取り扱っている現象には「一般的」や「典型的」「異常な」とか「例外的」という言葉は通用しないということです。

『ジュラシック・パーク』で数学者マルカムが古生物学者グラントにこう語ります。

綿花の価格を考えてみてくれ。綿花の価格については、一〇〇年前までさかのぼってきちんとした記録がある。この綿花の価格変動をグラフにしてみると、一日のグラフの形は基本的に一週間のグラフの形に似ているし、週間グラフには年間の、あるいは一〇年間のグラフと同じパターンが見いだせる。これをマンデルブローの法則という。ものごとというのはそうしたものなんだ。
一日は人生の全体に相似する。あることをはじめても最後にちがうことをやり、あることをなしとげようとしても、絶対におわらせることができない・・・そして人生を全うしてみると、人の全経験はそんなことのくりかえしであることに気づく。全人生のパターンはすべて、一日のなかに見いだせるんだよ。

人生も自己相似的であり、自己相似性はありふれた現象だと。納得しますね。次回は砂山ゲームについて考えます。がんについてはその後ということで。(つづく)


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