がんと自己組織化臨界現象 (3)

生物の細胞あるいはがん細胞においても、これまで述べたようなべき乗則が成り立つのでしょうか。生物は複雑系であることはまちがいない。細胞内の生化学反応は複雑なネットワークを形成しています。細胞内の分子数はアボガドロ数のように大きくはないが、種類が多いという統計力学・熱力学が苦手とする状況になっています。つまり、個々の成分の分子数は大きなゆらぎを伴って変動してます。それにもかかわらず細胞はある状態を維持し、ほぼ同じものを複製することができます。このような状態を再帰的に維持している反応ネットワークには、何か動的で普遍的な性質があるはずです。

生命とは何か―複雑系生命科学へ

生命とは何か―複雑系生命科学へ』では次のように説明しています。

一般的に、外からの栄養成分の流入をもとに内部で多くの成分を相互触媒によって合成して増えていく細胞系では、・・・ある成分のグループが別なグループの成分によって触媒され、それはまた別のグループによって触媒され、という触媒関係のカスケード構造が、反応ネットワークになかに形成されます。このようなカスケードが無限に続く場合には、各成分の量のあいだにべき乗の関係が成り立つことが統計物理や流体物理の研究によって知られている。

——

細胞内での各成分の存在量(分子数)をその多い順に並べてみると、順位と存在量のあいだにべき乗関係が成り立つ。これは理論モデル、実験でともに確認され、再帰的な増殖を続ける反応ネットワーク系の基本特性と考えられる。

この順位と分子数とのべき乗関係には「ジップ則」という名が与えられています。本質的にはグーテンベルク・リヒター則と同じものです。

細胞分子膜の透過スピード=拡散係数をDとしたとき、Dがこれ以上大きくなると細胞分裂しないという臨界点が存在する。それをDcとすると、Dc以下では図のようにべき乗則が成り立っているのがわかります。図のなかの挿入図は、Dが一定のとき、他のパラメータをいろいろに変えた場合の図であり、べき乗則が成り立っていることを示しています。

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パラメータ不変の性質は、触媒関係のカスケードによって臨界点でジップ則が表われるのは、モデルの細かい点にはよらない一般的性質であろうと予想されます。ジップ則が触媒反応ネットワークの詳細によらず、十分早く増殖でき、再帰的にほぼ同じ細胞を複製できるシステムの一般的な性質であることが検証されています。ヒトのさまざまな細胞において、遺伝子発現量とその順位との関係を両対数グラフ化すると、ジップ則(べき乗則)が成り立つことが示されています。

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長々と説明してきましたが、ヒトのがん細胞においても己組織化臨界現象
起こることが予想されます。であるならば、砂山の雪崩・地震・森林火災と同じように、詳細な構造は無視してもよく、その振る舞いは同じようになる。これがべき乗則の特徴です。

同じ生活をしていても、がんになる人・ならない人もいるのは?

やっと最初の疑問に答える準備ができました。わたしたちの体内では毎日5000個ほどの細胞ががん化しているといわれています。通常は免疫システムによって退治され大きくはならないのですが、がん年齢といわれる年齢に達したら、誰でもがんになる可能性があります。砂山モデルで考えれば、いつ雪崩が発生してもおかしくない臨界状態になるのです。しかし、次にあるひとつの細胞ががん化したとき(砂粒を落としたとき)、どのくらい大きな雪崩になるかは偶然に支配されます。誰にもわからない。がん細胞が大きく育つのに特別な原因は必要ないのです。NK細胞が存在していれば退治してくれそうに思えますが、その他のたくさんの因子が複雑に絡み合っています。実際上それらをコントロールすることは不可能ですから、偶然に左右されると言えるのです。どのくらいの地震になるか、予知は不可能なのと同じです。

ただ、これらのモデルと違う点もあります。雪崩が起きにくい砂粒に変える、砂粒ではなく米粒なら粘性や慣性が違うでしょう。同様に、がん化しにくい体質に変えることはできる。仮にがん化しても大きな雪崩にならないように、体の免疫力を高めることは可能でしょう。砂防ダムを築いてモデルの特性を変えることはできるのです。

そのほかの疑問に関しては次回ということで。

そしていま、カオス理論は、予測不可能性が日常生活に組み込まれたものであることを証明する。嵐のふるまいを予測できないように、予測不可能性はごくありふれたものにすぎない。そして、何百年も前からの科学が持つ壮大なヴィジョンは—すべてを整序するという夢は—今世紀において終焉を迎えた。それとともに、正当化の大半は—科学の金科玉条は—消滅した。もはやそれに耳を傾ける価値はない。科学はつねに、すべてが解明されているわけではないが、いずれはあらゆるものが解明されると標榜してきた。しかしいま、われわれはそれが真実ではないことを知っている。それは高望みであり、大ぼらでしかなかった。空を飛べると信じてビルの屋上から飛びおりる子供のように、愚かで見当はずれの考えだったんだ。

『ジュラシック・パーク(下)』

                           (つづく)


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