腫瘍免疫と丸山ワクチンのエビデンス

先日の『膵臓がん患者と家族の集い』における森省歩氏の講演には、たくさんの方から反響をいただきました。講演を聴いて、丸山ワクチンを取入れてみようかという方がたくさんおられるようです。

この記事では、森省歩氏の講演内容のうち、重要な概要を改めて振りかえってみます。

最初に結論めいたことを記せば、現状では丸山ワクチンに明確なエビデンスはありません。しかし、統計学的に考えてみても、限りなくエビデンスがある状態に近いと言えるのではないでしょうか。

樹状細胞には2つのタイプがある

本庶佑さんがノーベル医学生理学賞を受賞され、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬が話題になっています。

この薬が登場する前は、「がん患者の体内では免疫抑制が利いていいるから、免疫療法に効果のあるはずがない」と言われていました。また、がん細胞を殺すキラーT細胞などが働かないから、抗がん剤でがん細胞を殺す必要があるのだとも言われてきました。

しかし、免疫チェックポイント阻害薬の働く機序を考えれば、患者の体内には充分な量のキラーT細胞が既に存在することであり、「がん患者の体内にはキラーT細胞などの免疫が構築されており、その力を引き出せば末期のがんであっても消滅することができる」というパラダイムシフトが起きたのです。

それでは、患者の体内には充分なキラーT細胞などがあるにもかかわらず、なぜがん細胞を攻撃できなかったのか。そして、活性化リンパ球療法などの高額な自費治療が、臨床的に効果を証明できず、数十年経っても健康保険で使えるようにならなかったのはなぜなのか? 疑問に感じませんか。

その理由のひとつは、がん細胞が持っているPD-L1という抗体が、キラーT細胞のPD-1に蓋をして、がん細胞を攻撃できなくしていたのです。体外でリンパ球を培養して戻しても、がん細胞を攻撃できなかったのです。その意味では免疫抑制がされた状態でした。

オプジーボは、先回りしてこのPD-1に蓋をしてしまい、がん細胞を攻撃する能力を持ったままにするのです。

もうひとつは、樹状細胞ががんの抗原を提示して、キラーT細胞に「これががんの目印だ。こいつを殺せ」と指令を出すのですが、樹状細胞が、がん細胞を破壊して取りこんだがんの断片を樹状細胞の表面のClass-ⅡMHCという分子を介してがんの情報を伝えるのですが、Class-ⅡMHCを介した抗原提示ではキラーT細胞を誘導することができないのです。

ところが、樹状細胞の一部には、別のClass-ⅠMHCから抗原を提示するタイプがあり、このタイプの樹状細胞はキラーT細胞を誘導してがんを攻撃するように指令を出すことができます。

要するに、樹状細胞には、キラーT細胞を活性化するものと、活性化しないものの二種類があるのです。がんの腫瘍の中には、実はキラーT細胞も樹状細胞も混在しています。そして、キラーT細胞を活性化できる樹状細胞が含まれた腫瘍では、がん細胞がどんどん少なくなります。

活性化自己リンパ球療法などで、患者のリンパ球を取り出して体外で活性化して戻しても、樹状細胞が「殺せ」という指令を出さない環境では、がんを攻撃する能力が無くなってしまうのです。試験管の中では上手くいっても、実際の患者の体内では思ったようにがんを攻撃してくれません。

高額な自費治療であっても、原理的に無理なことをしているのです。

前世紀の単純な免疫理論に基づいているから、何十年経ってもエビデンスが構築できるはずもないし、それを承知で商売をしている状態を、世間では「詐欺」と言います。

大事なのは、がん細胞のかたまりのなかの仕組み、「腫瘍免疫」というシステムを理解しているかどうかなのです。実際には、「腫瘍免疫」システムはもっと複雑で、国立がん研究センターなどが一所懸命に研究を進めているところです。(下の図2)

リンパ球を体外で増やして戻せばなんとかなるというほど、単純なものではありません。

体外で培養した樹状細胞を注入したり、免疫細胞療法(活性化自己リンパ球療法、養子免疫療法)などの培養した細胞を注入しても効果がありません。がん細胞の環境全体を変えなければダメなのです。丸山ワクチンは、無能化された樹状細胞を活性化し、免疫システム全体を正常化する機能があるとされています。

丸山ワクチンのエビデンス

埼玉医科大学国際医療センター婦人科腫瘍科教授の藤原恵一先生らが、2013年のASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)で発表された論文が、『Annals of Oncology』に掲載されています。

子宮頸がんの患者を、放射線治療と丸山ワクチン(Z-100)で治療したグループと、放射線治療とプラセボのグループに分けた二重盲検法試験の結果です。

Z-100というのは試薬のコードネームで、濃度が1cc当たり0.2マイクログラムですから、有償治験で使っているB液と同じ濃度のものです。

 

丸山ワクチンを投与したグループでは、5年後の生存率に10%もの差があります。これは驚くような成績で、ASCOの会場が一斉にざわめいたと言います。それほどインパクトのある数字です。

しかし、残念ながらP=0.07とアンダーラインを引いてありますが、統計的有意差を得ることはできませんでした。臨床試験のルールとして、P値といわれるものが5%以下でなければ、2つのグループ間には差がない、つまり効果が証明できないとされるのです。

統計的有意差がないから、残念ながら厚生労働省に新薬としての申請はできない、ということで、申請を断念されたという経緯があったのです。

この理由について、藤原恵一先生らの見解を森省歩氏がまとめていますが、

なぜ統計的有意差が出なかったかと申しますと、先ほど臨床試験に参加した患者さんはIII期の患者さんが中心だったと申し上げましたけれども、当初はII期の方、III期の方、I期の方の割合を決めて、その上でIII期の患者さんを中心にするとデザインしていたわけですね。

ところが、私も臨床試験に参加したい、丸山ワクチンを打ちたい、ということなどもあって、II期の患者さんの割合が予想以上に膨れ上がってしまったそうです。 当然、II期の患者さんはIII期の患者さんより予後がよいわけですから、全体の生存率も上がってきますよね。 つまり、この5年生存率の部分が当初の予想より上がってしまうわけです。

実は、生存率が上がって成績がよくなった場合、患者さんの母数を増やさないと統計的有意差が出ない、という現実があるそうです。 藤原先生によると、このときの120人対120人では統計的有意差は出なかったけれども、仮にあと150人ぐらい足して、例えば200人対200人で結果を出せば、確実に統計的有意差は出ただろうと、こういうふうにおっしゃっています。 私もそうだと思います。

私の取材したPMDA、厚労省の機関で医薬品医療機器総合機構というところですが、新薬を認可するかどうかの審査はこのPMDAが行っています。 ということで、ここの関係者の方にも取材をしてみたんですが、一般的には今回の結果でも認可は下りたのではないか、ただし、丸山ワクチンの場合にはそうはいかない可能性が高かっただろうと、こんなふうにおっしゃっています。(過去の国会でも取りあげられるほどの政治的いざこざが原因。)

と、統計の魔術とでも言えば良いでしょうか。症例数が多い方が統計的有意差を出しやすいのです。

もう一つ言えば、このブログでは何度も取りあげている「P値だけでなく、信頼区間で判断すべき」という話です。P値で統計的有意差がなくても、信頼区間という物差しで見れば、効果があるはずとなる例があるのです。

その目でこの臨床試験を見ると、ハザード比のデータが載っています。ハザード比とは、1年毎の発症率を考慮したもので、簡単に言えば、がんの増大速度とも考えられます。

5年目の生存率は、A,B,Cとも同じです(リスク比)。しかし、それまでの経過が違いますね。それを考慮したものがハザード比といわれるもので、上の図ではC>B>Aの順に小さくなります。

「HR, 0.65」と表示されているのがハザード比です。これが0.65とは、プラセボ群に対してZ-100群は腫瘍の増大速度が約35%も遅くなったということです。しかし、信頼区間が「1」を跨いでいるので、統計的に有意とは言えません。

ですが、ステージⅢの患者だけを見れば、ハザード比は0.51ですから腫瘍の増大速度は半分、しかも信頼区間は「1」を跨いでいません。腫瘍の増大速度が半分になるということは、患者は2倍長生きできるということになります。

こうした分析をサブグループ解析というのですが、臨床試験のルールとしては、サブグループ解析の結果は参考程度にすることとされているのです。したがって、これも試験の結果として採用されることはありません。

しかし、患者の立場から見れば、全体でも「1」をわずかに超えているだけだし、「これならやってみようか」となるのではないでしょうか。

統計的有意差をですためには、種々のテクニックが必要になるのです。中にはそれをやり過ぎて捏造にまでいってしまう製薬企業もありますが、はっきり言えば、ゼリア新薬工業さん、臨床試験の設計や統計的有意差を出すためのテクニックを駆使しなかったのではなかろうか、というのが、私の見解です。


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