シュレベールが、がん患者に残した「大切な遺言」

シュレベールは、自分の最期の時に流して欲しい音楽を決めてあったのです。それは、ダニエル・バレンボイムが指揮・ピアノ演奏する、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488 第2楽章でした。この曲に送られて、2011年7月24日にあちらに旅立ちました。

シチリアーノのリズムで、最後のピチカートの部分も大好きです。

シュレベールは、1990年に偶然前頭葉に脳腫瘍が見つかり手術を受けました。その後、西洋医学だけに頼らない統合医療の有効性と自然治癒力を高めることの重要性に気づき、『Anti Cancer』(邦訳『がんに効く生活』)として出版しています。

19年後の2010年にがんが再発します。それは、がんの中でももっとも凶暴なⅣ期の神経膠芽腫で、その平均余命は14ヵ月です。残りの半分は14ヶ月以上生き延びることができますが、シュレベールのように再発の場合では、18ヶ月以上生き延びる確率は「ゼロ」です。膵臓がんとほとんど同じ悪性度です。

シュレベールは死の4週前まで、自分の人生やがんとの闘いをふりかえり、検討を加え、すべてのがん患者への「遺言」として書き残しました。それが先日邦訳が出版された『さよならは何度でも ガンと向き合った医師の遺言』です。

さよならは何度でも ガンと向き合った医師の遺言

さよならは何度でも ガンと向き合った医師の遺言

ダヴィッド・セルヴァン=シュレベール
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この本で、シュレベールは自分の戦略上のミスも反省しつつ、がんとの闘いで重要な点をいくつか指摘しています。シュレベールは自分自身に対して、こう問いかけます。

  1. 『がんに効く生活』で擁護してきた方法は、再発した自分から見て、それでも有効だと言えるだろうか? 彼はきっぱりと「有効だ」と言い切ります。
  2. それでは再発したのはどうしてなのか? 実は『がんに効く生活』のライフスタイルをきちんと守ってこなかった、と反省しています。
  3. 死を前にしてどのように立ち向かえば良いのか?

がんの「奇跡的な治療法」は存在しないし、100パーセントの成功はありえない。私の例は、それだけでは科学的実験にはなり得ない。『がんに効く生活』で提示しているのは、何万にも上る統計的データ、科学的文献に基づいているのだから。自然治癒力を高める方法はいくつかあるが、その切り札を全てそろえたからといって、あらかじめ勝負に勝つことが保証されているわけではないのです。

脳腫瘍では99%の人が6年以上生存できないのですから、20年近く生存したシュレベールの例は、彼の擁護する統合医療の有効性を示していると考えてまちがいないでしょう。彼が再発したのは、講演会のためにヨーロッパや北米を頻繁に移動して、仕事がハードであった直後でした。時差は免疫システムに大きなダメージを与えるのです。この点を『がんに効く生活』のライフスタイルを守ることができなかったと反省しているのです。

シュレベールは『がんに効く生活』では、食事のことに重きを置きすぎたようだとふりかえっています。優先順位を示すべきだったかもしれないというのです。彼の示す優先順位は、

  1. 第一に重視すべきは「心の平穏」を見出し、それを継続すること。これは決定的に重要です。そのために、瞑想心臓コヒーレンシー・ストレスを最小限に抑えるバランスのとれた生活
  2. 第二番に重視すべきは、「運動」です。運動の大切さは強調しすぎるということはない。
  3. 運動と同じく「栄養」を挙げることができる。

です。

自分自身と和解すること、自分はいずれ死ぬんだという事実を受け容れること。こうした和解と受容のおかげで、人間が本来そなえている治癒のメカニズムに、全エネルギーを投入することが可能になるのです。心も平穏になります。バランスのとれた生活には、睡眠・休息・バカンスが必要です。

がんを告知されると、多くの患者が特定の効果のありそうな食物や「魔法の水」を探そうと必死になります。その一方で「心の平穏」や「運動」については軽視しがちです。このブログでも何度か書いてきたように、心の平穏が私たちの身体に与える影響は、考えている以上に強力なのです。瞑想と運動に無関心ながん患者は、本当に勿体ないことをしているのだと思います。

心の平穏を保つためには「足るを知る」ことです。人生には「足りない」ことばかりです。足りないことに目が向いていては、いつまで経っても心は満たされません。あれもこれも欲しがらないことです。もっと生きていたいという煩悩も捨てることです。「ま、これでいいか」という気持ちでいるのです。老子はその大切さを教えてくれます。

瞑想をし、人生や死について自分なりの考え方を整理しておくこと。そのために老子や道元や良寛など、先達の思想も紹介してきました。食事や栄養も大切です。がんと闘うためには「体力」が必要です。結局がんと闘うのは、精神と肉体の全エネルギーを有機的に働かせて、総動員した「総力戦」なのです。

シュレベールは、多すぎる仕事が再発の引き金になったのだとしても後悔はしていないと言いきります。なぜなら、そのことで自分の人生がより充実したものであったからです。『笑いの治癒力』のノーマン・カズンズも、最初の病気を治した後も、ケロイドを負った原爆乙女をアメリカに招いて治療するなどの活動に奮闘し、再び病で亡くなっています。彼らにとっては、がんが治ることも重要ですが、どのような人生を送るかの方が、より重要だったのです。

エコロジーにも関心の深かったシュレベールは、死の4ヵ月前の福島第一の原発事故と人々の被曝にも、「地球が病んでいるのに、そこに住んでいるわれわれが健康に生きることはできない」とマイケル・ラーナーの言葉を引用して深い憂慮を示しています。がん患者であるからこそ、福島の子どもたちへの放射線の影響を憂慮して発言し行動すべきではないだろうかと、私もそのように考えているのです。

モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の、同じく第2楽章はスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」に使われています。彼の駆け抜けた人生にはこちらでも良かったのかも、などと考えながら、今日はシュレベールを偲んで、21番と23番を全曲聴いています。

お勧めのCDは、イギリス室内管弦楽団との演奏CDは1200円と手頃です。演奏も録音も非常に良い。しかし、じっくり聴くならやはりベルリンフィルとのものでしょうか。

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バレンボイム(ダニエル)

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