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今日の一冊(100)『虚栄』久坂部羊

今回は、作家で医師の久坂部羊氏の医療小説『虚栄』です。

虚栄 上 (角川文庫)

虚栄 上 (角川文庫)

久坂部 羊
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末期がん患者に「もう治療法はありません」と言わなければならない医師の悩む姿と、言われた患者の納得できない苦悩を描いた『悪医』を以前に紹介しました。

『虚栄』は、手術、放射線、抗がん剤、免疫療法の4つの分野の互いの駆け引きや足の引っ張り合いを描いています。

日本でがんが「凶悪化」し、著名人が次々に亡くなります。凶悪化したがんに対する「最適化治療」を決めるために、総理大臣 泉水新太郎の鶴の一声によって、政府は重要政策会議「プロジェクトG4」を発足させます。予算は5年間で8000億円。この金をめぐってそれぞれが自分のグループに有利になるように権謀術数を繰り広げるのです。

久坂部羊氏によると、現実にある手術、放射線、抗がん剤、免疫療法の分野の確執をベースにして書いたものだといいます。そうかもしれません。

がんの凶悪化は、携帯電話などの電磁波の影響との仮説を立てて実験をするのですが、うまく行かないのでマウスのすり替えをして、それを論文として発表する医者。

近藤誠氏がモデルであろう、がんの「真がん、偽がん説」、BNCT(ホウ素中性子補足療法)、粒子線治療など、医者ならではのがん治療の説明や専門用語も出てきます。

しかもそれぞれのグループの責任者が次々とがんになっていく。外科グループの責任者である弦田は、自らが推す手術ロボット”HAL”を使わずに、従来の開腹手術を受ける。内科グループの朱川は、抗がん剤治療でなく渡米しての手術を選ぶ。

「真がん、偽がん説」説の岸上も肺がんになるが、「本物のがん」なら既に転移しているから治療は無駄、「がんもどき」なら治療の必要はないとの自説に従って治療をせずに経過を観察している。

鳥越俊太郎がモデルと思われるジャーナリストの萩島も食道がんに罹り、転移しているが、ジムに通っている自分の肉体美を本の表紙にしている。

岸上と萩島がテレビで対談するのだが、「無理な治療はがんを勢いづけて、寿命を縮めるだけだ」という岸上に、「何もせず、ただ漫然と死を待つことなんかできないんだ。それが患者というものですよ」と反論する。

これなんか、実際にいつも悩まされる問題ですよね。いつ抗がん剤を止めるのか、まだ他に治療法はないのかと、患者は生きる希望を探している。

あてにならない希望と、辛いけど本当のこと、どちらがいいですか?

とも問われてもいる。

唯一良心的な医者として登場している外科グループの雪野の言葉が響いてきます。

がんにはまだまだ分からないことが多いんです。それを無視してあーだこーだというのは私は無責任だと思います。

同様にがんは全て治療すべきだというのも無責任ということです。治療が有効な場合もあれば不幸なだけでなく有害な場合もありますから。そしてその見分け方はまだ分かりませんから。

治療がうまくいった患者を見て、希望を抱く人もいれば、治らない患者を見て、自分の将来と重ねる人もいる。受け止め方はそれぞれだが、それもこれも、がんについて分からないことが多すぎて、治療にも不確定なことが多く、未来が見えないのが原因でしょう。

予測できないものを予測しようとするから、悩みや苦悩が生じる。犬や猫のように、今この瞬間だけに生きていければ良いのだが、人間は高度な知能を持ったが故にそれが難しい。


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