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今日の一冊(132)『紅梅』吉村昭の闘病記

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吉村昭の作品で印象に残っているのは『長英逃亡』です。高野長英は開国を唱えて幕府の政策を批判し、蛮社の獄で入牢するが、火事に乗じて逃亡。顔を硫酸で焼いて人相を変えて逃亡を続ける。

夫人の津村節子による『紅梅』には、吉村昭が『長英逃亡』を執筆しているときには、長英になりきって夜中にうなされていたと、その様子も書かれています。紅梅

紅梅 (文春文庫)

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紅梅』は、小説の形を借りてはいますが、膵臓がんで2006年7月に亡くなった吉村昭と家族の壮絶な闘病記になっています。

舌がんの治療中のPET検診で膵臓がんが見つかった。腫瘍は膵体部にあり、幸い早期の発見だからということで手術をするが、開けてみたら膵臓の全体に小豆のような腫瘍が散らばっており、結局は膵臓全体と十二指腸、胃の半分を取る膵頭十二指腸切除術となったのでした。

幸い他の臓器やリンパ節への転移はないから予後はよいだろうとの予測にもかかわらず、4ヶ月後に腹膜あたりのリンパ節に転移が見つかります。

主治医の勧めで、瀬田クリニックの免疫細胞療法を受けるのですが、すでに末期がんとなった状態ではほとんど効果はなかったようです。吉村昭はある作品で延命処置について、

幕末の蘭方医佐藤泰然(順天堂塾創設者)は、自らの死期が近いことを知って高額な医薬品の服用を拒み、食物をも断って死を迎えた。いたずらに命ながらえて周囲の者ひいては社会に負担をかけぬようにと配慮したのだ。

その死を理想と思いはするが、医学の門外漢である私は、死が近づいているのか否か判断のしようがなく、それは不可能である。泰然の死は、医学者ゆえに許される一種の自殺と言えるが、賢明な自然死であることに変わりはない。

と紹介しています。遺書も書いて死の準備を終えた吉村昭は、日記にもやはり泰然のことを記して、

幕末の蘭方医師佐藤泰然 死期を悟り、高価な薬品滋養のある食物を断ち、死す。理想的な死。

昨日死のことを考える。死はこんなにあっさりと訪れてくるものなのか。急速に死が近づいてくるのが分かる。ありがたいことだ。但し書斎に残してきた短篇に加筆できないのが気がかり。

と、死期が確実に判断できるのだと言っています。

そして手術から半年過ぎたある日、突然点滴の管のつなぎ目を外し、中心静脈に入れたカテーテルと胸に埋め込んであるカテーテルポートをむしり取る行動に出る。

看護師や家族の静止に、末期がんの病人とは思えないような激しい力で抵抗する。延命治療を望んでいなかった夫の強い意志に、夫人も娘も「もういいです。」と涙声で看護師に告げるのでした。そして数時間後に他界します。佐藤泰然のような死を選んだのです。

私の場合も手術前に言われました。「開腹して万が一のときは膵頭十二指腸切除術になる場合もあります、その場合の対処に関してはお任せください」と。1センチ以下の腫瘍はCTでも分からないのですから、そうした可能性はだれにでもあるのでしょう。少し解せないのは、2006年当時、術後補助化学療法でゲムシタビンを使わなかったのでしょうか。転移が見つかってから抗がん剤治療をしています。

死期はだいたい分かるもののようです。中島梓の『転移』でもそのように書かれています。『がんの最後は痛くない』に詳しく書かれているように、現在の緩和医療、疼痛管理は進歩しています。それに、最期には本人は意識も朦朧としているから、死への恐怖も感じないのでしょう。死ぬ瞬間は、死が怖くない。死が怖いと思うのは、古今の思想家を悩ます不思議な現象です。

がんの最後は痛くない

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