レイチェル・カーソンの予見

シュレベールの『がんに効く生活―克服した医師の自分でできる「統合医療」』では3章の全体を「環境を知る」と題して、われわれの環境ががんの発症にどのように関係しているかを考察している。がんの発症率が戦後一貫して上昇しているのは、高齢化だけでは説明できない。WHOが2004年にランセットに発表した論文によって、1970年代以降、小児がんと青少年のがんが劇的に増加していることがその根拠である。また、早期発見によってがん患者と認定される人が増えたからだという説、つまりリードタイム・バイアスによっても、部分的にしか説明できない。なぜなら早期発見が難しいがん、脳腫瘍、膵臓がん、肺がん、睾丸がん、リンパ腫もかなり増加しているからである。

シュレベールはその原因を以下の3つの環境が変わったためであるとしている。

  1. 食事における大量の精製糖の使用
  2. 農畜産業の変化による食物の変化
  3. 1940年以前には存在しなかったさまざまな化学物質による汚染

そして精製糖を止め、全粒穀物を取り、危険なマーガリンを止めよという。農薬などの新たに開発された化学物質が地球を汚染しており、地球が病んでいるかぎりは私たちの身体も健康ではいられないと、正しく主張している。この本が日本国内に氾濫している単なる代替療法の解説本とは違う特色でもある。

しかし、シュレベールには「放射能汚染」というキーワードがないようだ。化学物質による汚染に警鐘を鳴らしたのは、レイチェル・カーソンの『沈黙の春 (新潮文庫)』であるが、1962年に出版されたこの著作には、放射能が化学物質の発がん性を増幅させる、とのレイチェルの先駆的で鋭い洞察が記されている。60年代にすでにストロンチウム90の危険性を予見している。

汚染といえば放射能を考えるが、化学薬品は、放射能にまさるとも劣らぬ禍いをもたらし、万象そのもの–生命の核そのものを変えようとしている。核実験で空中にまいあがったストロンチウム90は、やがて雨やほこりにまじって降下し、土壌に入り込み、草や穀物に付着し、そのうち人体の骨に入り込んで、その人間が死ぬまでついてまわる。(第2章の冒頭)

原子炉、研究所、病院からは放射能のある廃棄物が、核実験があると放射性降下物が、大小無数の都市からは下水が、工場からは化学薬品の廃棄物が流れ込む。それだけではない。新しい降下物-畑や庭、森や野原にまきちらされる化学薬品、おそろしい薬品がごちゃまぜに降り注ぐ–それは放射能の害にまさるとも劣らず、また放射能の効果を強める。(第4章の冒頭)

乳がんで亡くなったレイチェルの影響を受けて、グールドは『低線量内部被曝の脅威―原子炉周辺の健康破壊と疫学的立証の記録』を出版した。1950年からの40年間にアメリカの白人女性の乳がん死亡者数が2倍になったことが公表され、その原因究明を迫られてアメリカ政府は膨大な統計資料を駆使した調査結果を発表し、その原因が「戦後の石油産業、化学産業なdの発展による大気と水の汚染など、文明の進展に伴うやむを得ない現象」であるとした。これに疑問を抱いたグールドがパソコンの表計算ソフトExcelを使って調査し直した。その結果、乳がん死亡者数には明らかに地域差があり、それが原子炉からの距離と相関していることを発見する。すなわち、原子炉から100マイル以内にある郡では乳がん死亡者数が明らかに増加し、それ以遠では横ばいか減少していた。

軍用・民間用の各種原子炉からの「低線量放射線」がその原因であることを突き止めたのである。

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また、アメリカと旧ソ連の大気圏内核実験による放射性降下物と低出生体重児の増加、子どもの甲状腺機能低下症との相関関係も明らかにした。ベビーブーム世代の免疫不全とエイズの発症も同じように相関を示している。

膵臓がん患者が増加の一方であることは、もしかすると核実験による死の灰の影響であるかもしれないということになる。福島第一原発から放出された放射能による被ばく線量は、自然放射線に比べて多くはないとの御用学者の言い分は、その自然放射線も、過去の核実験の死の灰によって増加したものだという点を無視している。通常運転されている原子炉の周辺でも明らかに乳がん患者が増加しているのであるから、福島第一原発から放出された莫大な放射能が、何ら健康に影響はないなどとは言えないのだ。肉牛から大量の放射性セシウムが検出されているが、福島の子どもたちが内部被ばくしていないとは言えなくなってきた。

多くの指導的がん研究者が上流を辿る必要性を認めている。

上流というイメージは川に沿った村々についての古い物語からきている。言い伝えによれば、ある川岸の村の住民は、最近急流で溺れる人の数が増えていることに気づいた。そこで溺れた人たちを生き返らせる技術をもっと向上させようといろいろ工夫発明をするようになった。その結果、その村は救急と救命処置のための英雄的な働きに忙しくて、上流で誰が川に突き落とされているのかを見に出かけてみてはどうかと思う暇もなかった。(『ガンと環境―患者として、科学者として、女性として』より)

ところが、わが国におけるがんの先進的医療機関や放射線治療の専門家と称する医師は、「上流で川に突き落とされて人がいるという証拠はない」と言うばかりで、まるで原子力村の一員のように振る舞っている。

低線量放射線被ばくの影響を疫学的に証明するためには、グールドのように大量の良く整理されたデータが必要なのであり、そうしたデータを集めることは一般的には困難である(情報公開法のあるアメリカだからできた)。広島・長崎の被ばく者のデータですらそうであるから、統計的に明らかにするには非常な困難を伴う。しかし、証明できないことが害がないことにはならないのである。


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レイチェル・カーソンの予見” に対して1件のコメントがあります。

  1. naka より:

    キノシタ様
    放射線に関する問題が発生するたびに、専門家と称する人が、この程度の線量では問題がないといっています。私は専門家でないので、反論のしようがないのですが、貴方様のブログを見て、いつも鬱憤を晴らしています。専門家と称する人を今後もと徹底して批判してください。一般マスコミもほとんど反論もなしに報道しており、いつも歯がゆい思いをしています。

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