今日の一冊(130)『キュア』田口ランディ

がん患者にとって生とは、死とは? どのような治療法を選ぶべきなのかを問いかける田口ランディの小説です。

キュア cure

キュア cure

田口 ランディ
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他人の意識に同調したり、波動を感じてエネルギーを注入することで他人の体内の「情報処理」回路を整理して病気を治す特殊な能力を持ち、「神の手」と呼ばれる辣腕の青年外科医 斐川竜介。しかし彼自身が末期の肝臓がんになり余命1年を告げられ、「医師」から「患者」の立場になる。

リストカットの少女・キョウコに支えられながら、自らの運命に立ち向かう。

東大病院らしき病院の相談室。冒頭にステージ2期のすい臓がん患者 川村達男が登場する。斐川や上司の井沢医師は手術を勧めるが、「この病院が好きではないのです」と言って、川村は手術を拒否してさっさと帰ってしまう。

田口ランディのがんの知識も相当なものだ。巻末の参考書籍を見ても良く調査したことが分かる。

肉体は一つの情報系だ。トラブル対応の素早さ適切さには感服する。だがもうソフトが古い。まだ石器時代のソフトを使っている。環境の変化が速すぎて、大脳皮質コンピュータのヴァージョンアップが追い付いていない。それが多分「病い」の原因だ。古いソフトを使っているので、ときどきチグハグな対応をしてしまう。ストレスを感じただけで血小板を増やしたりする。石器時代のストレスは猛獣との格闘。すぐに止血準備。そんなことを今でもするから血が固まって動脈硬化が起こる。古い情報で組まれたソフトが作動しているからだ。

と、こんな調子で人間の限界を見る。

石器時代にはたまにしか起きなかった「闘争か逃走」反応が、現在人には常時生じている。そして慢性的なストレスにさらされているのだ。

人間は自然の一部なのだから、自然・環境を破壊し続ける限り、人のがんも増え続けると訴える。そして、がんを生み出す生き方が、いつか地球を滅ぼすのだと警鐘を鳴らす。

「がん」を通して現在医療の問題点も指摘する。

医療現場で病とたたかってきた斐川だが、自分のがん治療には科学的に考えながらも、スピリチュアルのカリスマ、最新がん治療を受ける青年実業家、放射線生物学者との出会いを通して、がん治療のあり方を模索する。

病院と医師の閉鎖性、専門化した医者の視野狭窄した意見に振り回され、莫大な金と労力をかけて新しい治療法を追いかけまわし、そして絶望して疲れ果てて死んでいくがん患者たち。

自身もがん患者となった特殊な能力を備えた斐川竜介が、ヒトの「命と意識」を救うために彼の考えたキュア(治療)で多くの患者を救っていくが、彼の特殊な能力は彼自身には適用することができない。「神の手」を持つ外科医でも自分の体を手術することはできないのと同じように。

末期がんになれば、私も無駄な延命の治療や手術はしたくないと考えている。人はいつかは死ぬんだから、その時期が数年早く来るか遅く来るかの違いだと思っている。その数年を伸ばすのに抗がん剤と放射線照射の副作用に耐え、体と意識がぼろぼろになっても生きていることが大事なのだろうか。がん患者と家族にとっては永遠の難問だが、この本でそうした問題に別の視点が見えてくるかもしれない。多くのがん患者に勧めたい良書だ。


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