今日の一冊(7)『病の皇帝「がん」に挑む』

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2週間かけてやっと読み終えた。上下2巻で800ページのこの著作は、2011年のピュリッツアー賞の他数々の賞を受けたのもなるほどと思わせる、インド系アメリカ人医師シッダールタ・ムカジーによる満身の労作である。

病の「皇帝」がんに挑む 人類4000年の苦闘(上)

病の「皇帝」がんに挑む 人類4000年の苦闘(上)

シッダールタ・ムカージー
822円(09/22 02:52時点)
発売日: 2013/08/24
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副題に「人類4000年の苦闘」とあるように、がんの存在は古代エジプトの頃から知られていた。ギリシャの医聖ヒポクラテスによって「がん」と名付けられたが、「治療法はない」と一言書かれるのみであった。

20世紀に入り、ハルステッドの乳がんに対する拡大手術、疑わしいものは全て切除するという考えのもと、乳房はもちろん、大胸筋、小胸筋、さらに、わきの下のリンパ節も全て除去するというものが全盛の時代を迎える。脳以外はすべて切除するという究極の手術すら考えられるほどだったが、やがてその治療法には効果がないと判明する。

抗がん剤の歴史も苦難に満ちている。小児白血病の抗がん剤の開発は、地獄のような苦しみを子どもたちに与えながら、まったく効果がなく、多くの子供が治療の甲斐なくなくなっていった。「ジミー」という名の一人の悪性リンパ腫の子供を救うために「ジミー基金」にたくさんの資金が集まり開発が進むが、その薬の多くは望ましい結果を得ることができなかった。

ならばと、最大用量の抗がん剤の投与、いくつもの抗がん剤の多剤併用療法へと突き進んでいく。

21世紀を目前にしてハーセプチンやグリベックなどの分子標的剤に開発によって、驚くような延命効果が得られるようになった。今は、がん細胞遺伝子解析による「効果が期待できる患者」が特定できるようになり、がんとの闘いにも大きな進歩があるが、このことはとりもなおさず、がん細胞の多様性、同じ癌腫でも個人によって遺伝子変異は異なっていることの証しでもある。

がんとの闘いの歴史を学ぶことで、今人類はどの地点に立っているのか、私たちが直面しているがん治療は、どこから来てどこへ向かおうとしているのかが見通せるようになる。

しかしムカジーは、がんとの闘いに勝利はないだろうと考えているようである。

概念上、がんとの闘いはテクノロジーをその限界まで押し進めたものである。なぜならその介入の対象は、われわれ自身のゲノムだからだ。悪性と正常の増殖を区別するような介入が可能なのかどうかすら分からない。支離滅裂で多産で侵略的で適応能力の高いがんを、我々の身体から切り離すのは、ひょっとしたら不可能かもしれない。もしかしたらがんは、われわれに本来備わった生存の限界といったものを規定しているのかもしれない。

だが、紀元前500年の、40歳の乳がん患者であったアケメネス朝ペルシア帝国の女王アトッサが現在にタイムワープしたとしたら、ハーセプチンによる分子標的治療を受けることになる彼女は60歳まで生きることができるだろう。「魔法の弾丸」はまだ見つからないし、見つかることもないだろうが、がんとの闘いは確実に進歩している。

残念なことに、膵臓がんに関してはアトッサの時代とほとんど変わりがないとも述べている。確かに手術法は進歩したし、術後の抗がん剤によって5年生存率は大きく向上したが、手術できない膵臓がんの治療成績は、紀元前500年前とほとんど変わらない。

いくつかの興味深い記述を紹介しておく。

次の飛躍的な進歩はがん遺伝学の向こうにあるいくつかの分野を巻き込んだものになると予想しています。ほんの一例を挙げると、たとえば、これまで正当な評価を受けてこなかったがんにおける微小環境の役割の研究は、今後拡大する分野だと予想されます。がんのエピジェネティクス? それもまた、今後発展していくはずの興味深い分野です。がんの生物学と幹細胞の関係? これもまた、遺伝学と微小管京都にまたがる非常に込み入った分野です。

腫瘍生物学における4つの重要な分野

  1. 免疫システムの役割
    臨床医は、がんの自然寛解という非常に希な現象があることを知っていました。これは免疫システムが腫瘍を攻撃しているからだと考えました。実際免疫システムの再活性化は悪性黒色腫などのがんに対して効果的だと分かり、患者自身の免疫システムの役割への研究が進んでいます。
  2. がんの代謝
    がん細胞は無酸素下でもエネルギーを発生させることができるのですが、その代謝に特異的に影響を及ぼす遺伝子を特定しています。それらの遺伝子に働きかける薬を見つけられたら、がん細胞のアキレス腱を攻撃することも可能になります。
  3. がん細胞における遺伝子制御
    細胞はDNAに変化を及ぼさないエピジェネティックな方法で制御をすることがあるが、がん細胞はこの機能を中断させたり変化させることも利用して、正常細胞とは異なる働きができるようになっている。この分野の研究が進めば新たな治療法の解明が進むに違いない。
  4. 微小環境の役割と増殖・転移との関係
    膵がんはなぜ他の臓器ではなく肝臓や肺に転移しやすいのか。前立腺がんはなぜ骨転移するのか。「安全地帯」があるとすれば、それはがんの微小環境との関係を究明することによって明らかになるだろう。

最後に、亡くなったと信じられていた悪性リンパ腫の「ジミー」は今も生存してて、50歳のトラック運転手として子どもたちに囲まれて元気に暮らしていることが明らかになる。


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