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今日の一冊(143)『味覚喪失~人は脳で食べている』

コーンフレークと牛乳が救世主だった

食べることは、生きること

この言葉は、がん患者にとってはさらに切実です。がん患者の多くは、程度の違いはあっても、治療の副作用によって食欲がなく、食べられない状態になります。

そうした自らの状況を克明に記録して分析し、味覚喪失と全力に立ち向かった著者の記録です。

味覚喪失: 人は脳で食べている

味覚喪失: 人は脳で食べている

伸一, 元木
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テレビのディレクタープロデューサーとして報道番組やドキュメンタリー、健康番組に至るまでいろいろな番組を手がけてきた著者です。

それが、60歳になった頃第一線を引退して地方都市での暮らしに夢を託したのでした。

これからは自然に囲まれた地方都市でのんびりと生活をする、そうした思いが打ち砕かれたのが、朝起きた時に感じた喉の異変です。

CT や MRI で検査をした結果、主治医から言われたのは悪性の腫瘍、咽頭がんです。

ステージはⅡとⅢの間、さらに左首のリンパ節にも転移をしています。腫瘍は多くの血管や神経がある場所にあるので手術はできません。放射線照射と抗がん剤によって治療をすることになります。

放射線照射は35回抗がん剤は3回行います。

その治療の過程で味覚障害になり、摂食障害にまでいたります。喉の腫瘍ですから、そこに放射線を当てるわけです。舌にある味覚細胞がやられてしまいます。抗がん剤シスプラチンの副作用が味覚障害を増幅させます。

食べ物の味がわからない、味がわからないと脳は食べ物だという判断を拒否します。食べ物が泥のような味がするのです。

しかし著者は、味覚障害に対して努力と工夫と創意を重ねていきます。

デパ地下の食品売り場に行って、全ての食品を試食させてもらい、味のわかるもの、わからないもの、受け付けられそうなものを試してチェックし、メモを取ります。

その結果、とにかく濃い味付けをしたものはダメ、自然のままの素材の方なら食べられるということがわかります。

例えば美味しく感じられそうなものは、緑茶、抹茶、甘味料を使わないゼリー、野菜や椎茸のだし汁スープ、アオサ・ワカメ、おこげ玄米やお粥といったもの。

一方で食べない方がいいものは、焼き魚、煮魚、フライ、焼き鳥、ブロッコリー、ラーメン・うどん・パン、ピザ、ハンバーガー、トマト味、マヨネーズ、ドレッシング、煮込み、肉類。

しかし、こんな食事ではカロリーや栄養素も取れません。体重はどんどんと減っていきます。放射線治療の副作用で髪の毛もどんどん抜けています。

味覚障害になったことで、食べ物に対する拒否反応が脳の中で起きます。

何を食べても「脳」が美味しく感じないので、「脳」はもう食べたくない⇒食事拒否⇒体重減⇒抵抗力・免疫力の低下⇒活動力低下と、どんどん悪循環に陥って、体重が減っていくのです。

そして血圧が低下して低血糖、栄養失調による感染症、貧血、骨粗鬆症、さらなる脱毛、皮膚の乾燥と、いくつもいくつものトラブルが体に襲ってきます。

摂食障害にならないためには、脳が美味しく感じるものを早く見つけることが必要でした。

結局食事こそが、がん治療者にとって何よりも重要なことだということを痛切に感じるのです。

がん患者で味覚障害に陥ってしまっている時にこそ、栄養を不快感なく摂取できる方法を見つけることが体にとって体力回復の最重要課題になります。

救世主はコーンフレーク

そして、ついに食べられるものが見つかるんですね。救世主は、シンプルな無糖のコーンフレーク。

これが一番美味しいと感じます。味覚が少しは残っていたのです。

コーンフレークに牛乳をかけて、さらに乳児用のミルクパウダーも加えます。発育栄養機能性麦芽「ミロ」やビタミンの豊富なドライフルーツなども加えて、徐々に食べられるようになり、体重の減少も止まります。

コーンフレークの味を感じることは脳にとって嬉しい出来事だったのでしょう。食欲も少しずつ湧いてきます。卵一個も食べられるようになります。

口の中で物を噛み、喉から胃に入れていく。そんな当たり前の”食べる”という行為が、人間の脳を満足させるためにはとても重要なことなのです。

もう一つ著者がこれは食べられると思ったのが韓国料理の”参鶏湯”でした。朝鮮人参や複数の漢方薬を使った鳥の水炊きのようなものです。これは完食できました。

がん患者の多くはがんて亡くなるのではありません。栄養障害によって餓死するのです。免疫力が低下し感染症で亡くなります。

四つ足の肉は食べたらだめだとか、人参ジュースを1日に何リットルも飲む。そんな馬鹿げたことをやっているとカロリーも栄養素も摂ることができずに、がんでは死なないで餓死することにもなりかねません。

著者は旺盛な探究心で、自分の食べられるもの、食べられないもの一覧表と、巻末には味覚障害、摂食障害の患者向けのレシピまで記しています。

もちろん患者によって味覚障害の状態や、食べられるもの食べられないものの違いはあるでしょう。がん研究センターなども、がん患者向けの食事の書籍も出してレシピを紹介していますが、著者が実際に自分で試したレシピや対策には説得力があります。

がん患者にとって食べることの大切さに気づいた著者の探究心と分析方法、たゆまぬ努力、そうしたことは見習うべきことではないでしょうか。

「がんを怖がらず」「がんから逃げず」「がんを悲しまず」という著者の決意に満ちた言葉は心に響きます。


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