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末期すい臓がんのティム・ケラー牧師が語る「死と復活の希望」 

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4月9日付のキリスト教報道機関「クリスチャンツゥデイ」に、ニューヨークのリディーマー長老教会創設者で、著名な執筆家でもあるティム・ケラー牧師(70)の記事が載っています。

ケラー氏は昨年5月、ステージ4のすい臓がんと診断されました。そして、『私には死を迎える信仰があるだろうか。イエス・キリストの復活が本当に起きたと信じているだろうか。イエスを信じて死ぬなら、私もその復活にあずかると信じているだろうか』と自問します。

その結果ケラー氏は、

自分がいつか死ぬということを半分しか信じていなかったことに気付きました。私はわれに返り、自分はまた復活についても半分しか信じていなかったことに気付いたのです。知的にではなく、心の奥底で信じ切っていなかったのでした。私は知的にも心おいても、復活をより広く、より深く信じる必要があることに気付きました。

著名で信心深いクリスチャンであるケラー氏ですら、死に直面するまでは、キリストの復活も信じきれていなかったのです。

膵臓がんが治る可能性がないとわかった時、信仰を持っている方はある意味で救われるのかもしれません。しかし、私は無神論者であり、いかなる信仰も持ってはいませんが、信仰を持っていなくても、「死」に対する自分なりの信念や心構えを持つことは可能です。

以前のブログでも紹介したことがありますが、例えばロボット工学者の前野隆司氏のこうした著作などはいかがでしょうか。死とは何か、それまで自分はどのように生きるべきか。異色の本ですが、そうしたことを考えるきっかけにはなると思います。

「死ぬのが怖い」とはどういうことか

「死ぬのが怖い」とはどういうことか

前野 隆司
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東京工業大学卒の工学博士であり、ロボットの研究から脳と心の関係に関心を持つようになった方で、システムデザイン・マネジメントという考え方を提唱しています。

哲学者は演繹的に考えるが、科学者は帰納的に考える。前野氏は「死が怖いのはなぜか」を帰納的に説明しようと試みています。そして「死のシステムデザイン・マネジメント学」から、死ぬのが怖くなくなる方法を山登りに例え、頂上にいたる7つの推奨ルートがあると説明するのです。

  1. 死は幻想だと理解する道(脳科学の道)
  2. すぐ死ぬこととあとで死ぬことの違いを考える道(時間的俯瞰思考の道)
  3. 自分の小ささを客観視する道(客観的スケール思考の道)
  4. 主観時間は幻想だと理解する道(主観的スケール思考に道)
  5. 自己とは定義の結果だと理解する道(自他非分離の道)
  6. 幸福学研究からのアプローチ(幸福学の道)
  7. リラクゼーションと東洋思想からのアプローチ(思考の道)

前野さんは、死ぬのは「いや」だけれど、「怖く」はないという。

哲学から脳科学までを動員して、帰納的に考えを展開する。本書の前半は帰納法と演繹法について「死」を考える。「死」を恐れないためには生は”クオリア”がつくりだした”幻想”であることを理解すれば良いと。

赤いリンゴを見て、真っ赤なリンゴの酸っぱさを生き生きと感じるのがクオリアである。物理学的には波長が700ナノメートルの電磁波(光)が目を通じて脳に刺激を与えたとき私たちは「赤い」と認識する。この認識=感じがクオリアである。

有機物の集合である人間のからだ、その中でも高度に発達した脳が、外界からのさまざまな刺激に対応してつくりだしたクオリアの集合が「生」である。従って「生」は幻想である。

観念論的な不可知論とは少し違う。外界の存在を否定するのではないが、外界=世界のありようと、私たちが感じている世界とは違うということだ。「生」は幻想だから「死」も幻想である。

と、このような結論(人それぞれ別の結論に達してもいいのだが)に到達するかもしれません。

ケラー氏はインタビューの最後に次ぐのように語っています。

「将来がどうなるか、私には分かりません。私の余命が数カ月ではなく数年であるように祈ってください。また、化学療法が引き続き効果的であるよう祈ってください。しかし私たちは、神が私のためにいかなることを決定しても、それを受け入れる覚悟ができています。私たちは霊的に備えができているのです」


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