今日の一冊(162)『悪いがん治療~誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』

製薬企業と利益相反関係にある医師や規制機関が、臨床試験の結果を甘くして効果の少ない医薬品を承認する問題は、マーシャ・エンジェル『ビッグ・ファーマ―製薬会社の真実』やベン・ゴールドエイカー『悪の製薬』などの著書でも指摘されてきました。

著者のマーシャ・エンジェル氏は、ニューイングランド医学雑誌(NEJM)の前編集長。彼女が製薬会社のあくどさにやむにやまれず書いたというこの本は、当時大きな衝撃を与えたと言います。

このブログでも2011年に紹介しているのですが(ビッグ・ファーマの真実)、この問題は未だに解決していないどころか、むしろ悪化しているようです。

そして、こんどはがん治療薬を専門とする現実の腫瘍内科医 ヴィナイヤク・プラサードが、深い洞察と個々のエビデンスを丹念に読み解く努力によって、一般の読者にもわかりやすく解説しています。(専門用語が分からなくて難しく感じる時は、読み飛ばしてくださいと著者は念を押しています)

悪いがん治療: 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか

悪いがん治療: 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか

ヴィナイヤク・プラサード
3,520円(04/23 13:28時点)
Amazonの情報を掲載しています

極僅かの効果しかないのに驚くほどバカ高いがんの分子標的薬などが、無作為化ランダム比較試験なしでどんどんと承認をされています。どうしてこういった事態が起きるのか。

一人勝ちしているグローバル製薬企業と利益相反関係にある医師や規制機関が、承認の基準を低く抑え、甘く採点し、効果は小さく高い新薬を承認し推奨しているのです。

この問題を解決するには製薬企業に道徳を求めるのは無駄です。社会に食い込んだ利益構造を見直す必要があります。

抗がん剤を使った時の生存期間の伸び率は、わずか2.1ヶ月

2002年から2014年に、固形がんに対して承認された薬のデータを承認順に 71 剤ぶん解析した研究によると、生存期間の延び幅は中央値でわずか2.1か月でした。

最新の分子標的薬なども似たようなものでしょう。

膵臓がんに承認されている薬のタルセバ(エルロチニブ)はその代表格として、この本ではしばしば取り上げられています。

エルロチニブは膵臓がんに対して500人を超える試験で試された。この試験は生存期間が中央値で 10 日から 11 日延びるという統計的に有意な結果を出した。この効果はどう見ても、患者にとって満足できるほどの効果ではない。

統計学的に言って、臨床試験に参加する患者が多ければ多いほど統計的有意差は出しやすいのです。要するにごくわずかの差を検出する能力が優れているということができます。

製薬企業としてはP価をなんとか0.05以下に抑えたいのです。そうすれば莫大な利益を得ることができます。この誘惑を抑えることは甚だ難しい。

最近ではさらに「アンメット・メディカル・ニーズ」を拡大解釈して、あらゆるがん領域に普通の規模の患者がいてすでに多くの薬があるにも関わらず「アンメット・メディカル・ニーズ」という言葉を振り回します。

これに該当すると、FDAはその薬に対して迅速承認手続きを使えるのです。

そしてその時は全生存率ではなくて、無増悪生存期間(PFS)などの代理エンドポイントで規制当局は承認をしてくれる。

代理エンドポイントを改善する治療が、実際に生存期間を延ばせる治療とは限らない

奏効率や無増悪生存期間などの代理エンドポイントは、恣意的に選ばれたな基準を超えて小さくなるか大きくなるかを問題にしています。この基準は恣意的に選ばれたものですから、代理エンドポイントが全生存期間(OS)とか QOL と一致しないのは当たり前です。

  • FDAが6年間に承認した全てのがん治療薬で、66%が代理エンドポイントで承認されていた。
  • その約半数が迅速承認であり、代理エンドポイントはすべての迅速承認で使われていた。
  • 迅速承認されたがん治療薬では、代理エンドポイントと全生存期間の相関係数が4件報告されている。そしてそれら全て相関は弱かった(R≦0.7)。

膵臓癌のFOLFIRINOX療法で治療後の維持療法として承認されているオラパリブ(リムパーザ)を見てみよう。

BRACA遺伝子変異が陽性である約5%ほどの膵臓がん患者が使うことができるが、「膵癌診療ガイドライン2019」には、推奨するのに反対との意見を述べた委員がいたと書かれている。

  • 遠隔転移を有する 膵癌患者に対し、プラセボと比べて無増悪生存期間(PFS)を延長することがPOLO 試験で示された。
  • しかし、全生存期間(OS)では統計的な有意差は認められなかった。
  • さらに、オラバリブの薬価は、1日あたり20,740円、月に60万円以上と高額

代理エンドポイントを使ってがん治療薬を承認すると、こうした奇怪なことが起きるのです。

利益相反:医師と患者代表

『膵癌診療ガイドライン2019』でも冒頭に利益相反の開示がされているが、ガイドライン作成の委員で重要な先生方も講演料、研究費、寄付金を多くの製薬企業から貰っている実態がわかる。

今回,COI委員会においては,参加基準ガイダンスが「原則として参加させるべきではない」とする金額区分(表9)に該当する若干名の委員がいたが、

CPG(診療ガイドライン)を策定するうえで必要不可欠の人材であり,その判断と措置の公正性および透明性が明確に担保されるかぎり,CPG策定プロセスに参画させることができる」に基づき,ガイドライン策定作業への参加は可能とする。

『膵癌診療ガイドライン2019』

とされている。しかし金額区分で仮に③であれば、個人の研究費で2000万円以上、寄付金では1000万円以上である。実際の金額は開示されていない。

「公平性および透明性が明確に担保される」とは、どういう議論の末にそうなったのか、その根拠は示されていない。これで信じろと言っても、製薬企業に忖度しないとは断言できないだろう。

経済的利益相反が多い集団は医師だけではない。残念なことに、がん患者代表団体も企業と経済的に結びつくことが多い。

これがどう問題になるのか? 『USAトゥデイ』紙のある記事はこう議論した。製薬企業から資金を受けている患者代表団体はがん治療薬の値段が上がり続けていることについて黙っていることで悪名高いと。患者代表を名乗りながら薬の値段について声を上げないとしたら、見る人は誰のための代表かと思うに違いない。

現に多くのがん患者団体やがん患者代表が、その活動資金を製薬企業からの援助に頼っている。

製薬企業からの資金がなければ、実質的に活動することが困難なのだろう。私はそのように推測している。

わずかな延命効果しかなくて、しかも薬の値段はどんどん高くなっている。CAR-T細胞療法のキムリアは治療費が5000万円である。オラパリブの薬代60万円/月が安く見えてしまうほどです。

日本でも、こうした高額な治療費の現状に対して、がん患者団体やがん患者代表が声を上げることはほとんどありません。

経済的利益相反が、醜い形でがん患者を蝕んでいます。

患者代表の旗を降ろして、製薬企業代表と言うべきではないでしょうか。

プレシジョン・メディシンにも多くのページが割かれて批判的な論点が述べられている。

この現状に対して、がん患者は何ができるのか、どうすればよいのかも整理されているが、その紹介は次回にしようと思う。


膵臓がんと闘う多くの仲間がいます。応援のクリックをお願いします。

にほんブログ村 病気ブログ 膵臓がんへ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ がんへ
にほんブログ村


スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です