憲法九条と「イカの哲学」

イカの哲学 (集英社新書 0430)

中沢新一が、太田光との共著「憲法九条を世界遺産に」のあとがきで、「生命論とのかかわりで見たとき、憲法九条はそのような別種の生命原理に対応しているのではないか・・・」といったとき、彼はその文章に飛躍と説明不足を感じたと、この本に書いている。

在野の哲学者=波多野一郎の「烏賊の哲学」の思想を土台にして、中沢新一は『超戦争』に対峙する『超平和』への思想の足がかりとして語っている。

波多野一郎はグンゼの創始者波多野鶴吉の孫であり、第二次世界大戦中はカミカゼ特攻隊員として満州で終戦を迎えます。特攻攻撃の前日になってソ連軍が侵攻し、命を取り留めるのでした。しかし、その後シベリア抑留で生死をさまよう様な炭鉱堀に従事させられます。戦後復員してスタンフォード大学の哲学科で学んだという経歴の持ち主です。大学の夏季休暇でモントレーの漁港でのイカ漁の買い付けのアルバイトをしているときの思想的ひらめきが一冊の本=烏賊の哲学です。

波多野一郎は、自らのカミカゼ特攻隊とシベリア抑留の経験と、一網打尽にされるイカとは同じだと悟るのでした。広島・長崎の原爆も、大量の生が一瞬のうちに大量の死になるという意味において、イカにとっての網と同じだと。

従来のヒューマニズムは、人間以外の動物に関心がない人間尊重主義であり、動物と人間を区別する境界線があいまいになりがちだから、それ自体には戦争を食い止めるだけの力がない、と断言します。そして、他の生物の『実存』を感じ、『実存』に触れ合うことこそが世界平和の鍵であると結論付けるのでした。

中沢新一は、ジョルジュ・バタイユの生命論、エロティシズム論を拡張して、波多野の思想を深めていきます。

生命には「平常態」と「エロティシズム態」があり、性愛・宗教・芸術・戦争はエロティシズム態から生じると言うのですが、ここの説明が中途半端で論理的に飛躍しているように感じます。戦争がエロティシズム態から生じるという論点が、この本の以降の思索の鍵となっているだけに、説明を省略して分かり難くなっっているのが残念です。

第二次大戦後の戦争は、相手の実存を認めないという点で『超戦争』となった。それ以前の戦争に対しては、通常の「平和」を対峙すればよかったのだが、「超戦争」に対しては、通常の平和ではない『超平和』を対峙させなければならない。その超平和は、生命のエロティシズム態から導かれる。母体が他者である精子を受け入れるときに、自らの免疫力を一時的に抑止して、他者である生命を10ヶ月の間体内に受け入れるということが、生命のエロティシズム態の「連続性」と説明されている。

この他者の「実存」に対して、自らの「否定=免疫力の抑止」をしてまでも受け入れるという生命の本質こそが『超平和』の土台であると。

広島・長崎の『超戦争』を経験した日本国民は、通常の平和ではない『超平和』を模索する人類的な課題を負っているというのが彼の結論である。憲法九条は、国家原理から見ると尋常ではない条文である。しかし生命原理=生命のエロティシズム態から九条を見たとき、そこに21世紀につながる平和学の土台が見えてくる。さらにはエコロジーと超平和をつなげる土台が見えてくるのだと。エコロジーとのつながりは、まだ思索の端緒に着いたに過ぎないようだ。

彼のこうした思索は、しかし、一見して新しいようだが、老子や東洋仏教思想、良寛に代表される禅宗の思想として多くの先達が述べて実践してきているような気がする。どこが新しいのか、私には理解できない。

エコロジーと平和をつなげるには、「超戦争」の原因を考えて見なくてはなるまい。コンゴにおける内戦、ボスニア・ヘルツェゴビナでのジェノサイドなど、帝国主義戦争とはいえない虐殺が相次いでいる。その根本にはグローバル化・貨幣経済万能主義がある。

金と欲、大量消費と大量廃棄、環境汚染、地球温暖化。そして戦争と平和がこれらと繋がっているのだと理解できたときに『超平和』への確かな一歩が始まるのではないだろうか。

我々が積み立てた年金資金が、ヘッジファンドを通じて原油・穀物の高騰を招いている。年利○%で年金を運用するということが、回りまわって自分たちの生活を破壊している。私たちは被害者であると同時に加害者でもあるという考えがあまりにも希薄ではないだろうか。「求めない」ということが平和に繋がるという非常に分かりやすい時代に、私たちは住んでいるのだ。

玄米菜食も、自分の健康・癌の完治になるだけではなく、エコロジーを通じて「超平和」へと繋がってくるのだとしたら、こんなにすばらしいことはない。


膵臓がんと闘う多くの仲間がいます。応援のクリックをお願いします。

にほんブログ村 病気ブログ 膵臓がんへ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ がんへ
にほんブログ村


スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です