「がん遺伝子パネル検査」最新データから見る治療の現状、膵臓がん1.3%の衝撃!
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「がんの治療」と聞くと、多くの人が手術や抗がん剤を思い浮かべるかもしれません。しかし今、一人ひとりの「設計図(遺伝子)」に合わせて薬を選ぶ、全く新しい治療が始まっています。
2026年1月、日本の研究チームが5万人以上のデータを分析し、この新しい治療の「凄さ」と「これからの課題」を明らかにしました。
がん遺伝子パネル検査は「薬の検索エンジン」
私たちの体は約37兆個の細胞でできていて、そのすべてに「遺伝子」という設計図が入っています。がんは、この設計図に「書き間違い(変異)」が起きることで発生します 。
「がん遺伝子パネル検査」とは、がん細胞の設計図を一度に100種類以上も読み取って、どこに書き間違いがあるかを探す検査です 。
- 昔の検査: 1つずつ、順番に書き間違いを探していました。
- 今のパネル検査: まるで検索エンジンのように、たくさんの遺伝子を一気に調べて、その書き間違いに「ぴったりの薬」があるかどうかを見つけ出します。
この検査は、主に「標準治療」という一般的な治療が終わった、あるいは終わりそうなタイミングで行われます。
TMBは「腫瘍遺伝子変異量(Tumor Mutation Burden)」の略称であり、がん細胞内のゲノムDNAに蓄積した遺伝子変異の総量を示す指標です。
5万人のデータが明かす「8%」の現実
2019年から2024年にかけて、日本でこの検査を受けた54,185人の大規模なデータが解析されました。
解析の結果、驚くべきことがわかりました。
- 書き間違いが見つかった人: 全体の72.7%にのぼりました。
- 実際にその治療を受けられた人: 全体のわずか8.0%でした。
なぜ、見つかったのに治療を受けられないのでしょうか?
それは、設計図のミスが見つかっても、そのミスを直す薬がまだ「日本で承認されていない」ものだったり、開発中の「治験」という段階のものだったりするからです。
しかし、希望もあります。治療を受けられた人の割合は、2019年には5.5%でしたが、2023年には10.0%まで増えており、年々改善しています。
エビデンスレベルA(国内承認薬あり)の患者さんが最も良好な予後を示し、次いでエビデンスレベルA(国内承認薬なし)、エビデンスレベルBの順でした。エビデンスレベルC~Eの患者さんは予後が最も不良でした(図1下)。この傾向は、全てのがん種をまとめた解析結果(図1下)だけでなく、個々のがん種ごとの解析でも概ね同様でした。
膵臓(すいぞう)がんと遺伝子検査のいま
今回の調査で、がんの種類によって「自分に合う薬」にたどり着ける確率に、大きな差があることがはっきりしました。
膵臓がんの現状:2%未満の壁
膵臓がんで、検査の結果をもとに新しい治療を受けられた人はわずか1.3%でした。これは他のがんと比べると非常に低い数字です。

| がんの種類 | 治療にたどり着けた割合 |
| 甲状腺がん | 34.8% |
| 非小細胞肺がん | 20.3% |
| 膵臓がん | 1.3% |

最新ガイドラインにおける位置づけの変化
治療方針の重要な指標となる「膵癌診療ガイドライン」ですが、がん遺伝子パネル検査に関する推奨は、最新版で見直しが行われました。
2022年版のガイドラインでは、遺伝子パネル検査の実施が「提案」されていました。しかし、最新の2025年版では、「現時点でエビデンスは不十分である」という記載に変更されました。
この背景には、膵癌特有の臨床課題があります。膵癌は進行が非常に早く、また、検査に必要な組織を採取する生検も簡単ではありません。そのため、「標準治療が終わるのを待たずに検査を実施すべきか」「組織の代わりに血液検体を用いるべきか」といった、より良い治療に繋げるための重要な問いに対して、まだ科学的な証拠が十分に集まっていないのが現状です。
こうした状況から、ガイドラインでは、現段階で全ての患者さんに一律に推奨することは難しいと判断され、今後の重要な研究課題(FRQ: Future Research Question)として位置づけられることになったのです。
なぜ膵臓がんは難しいのか?
膵臓がんは、もともと「薬の的(まと)」になる遺伝子の変化が少ないことや、見つかってもまだ有効な薬が開発中のケースが多いことが原因です。
膵臓がん患者さんへの「希望」
しかし、今回のデータは暗い話だけではありません。
- 「的」が見つかれば予後は良くなる: 国内で未承認の薬であっても、設計図に合う薬があることがわかった患者さんは、そうでない患者さんよりも経過が良い傾向にあることがわかりました。
- 免疫の薬が効く場合がある: 膵臓がんであっても、遺伝子の変化が多いタイプ(TMB-high)の人には、免疫チェックポイント阻害薬という薬が効く可能性があることも再確認されました。
これからの治療を支える新しい発見
今回の5万人の解析からは、専門家も驚く新しい発見がありました。
- TMBが20変異/Mb という新しい基準: 遺伝子の書き間違いがとても多い状態を「TMBが高い」と言います。今回の研究で、10変異/Mb 以上という従来の基準よりもさらに高いTMBが20変異/Mb 以上という数値の人には、特定の免疫の薬が非常に良く効くことがわかりました。
(TMB:「腫瘍遺伝子変異量(Tumor Mutation Burden)」の略称であり、がん細胞内のゲノムDNAに蓄積した遺伝子変異の総量を示す指標です。) - 他の検査をカバーする: 従来の1つずつ調べる検査で「異常なし(薬が合わない)」とされた人でも、パネル検査で調べ直すと「実は異常あり(薬が合う)」と判明し、実際に薬が効いたケースがいくつも見つかりました。
まとめ
がん遺伝子パネル検査は、今はまだ「全員が救われる魔法の杖」ではありません。特に膵臓がんのように、治療にたどり着くのが難しい病気もあります。
しかし、今回のように5万人以上のデータを集めて解析することで、「どんな人に、どんな薬が効くのか」というエビデンス(科学的根拠)が着実に積み上がっています。これが未来の新しい薬を作る力になり、いつか「8%」が「80%」「100%」になる日を目指して、医療は進歩し続けています。











