カムイ伝講義

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『カムイ伝』についてもう少し書いておきたい。法政大学教授 田中優子氏の『カムイ伝講義』がいま人気だ。法政大学社会学部で週に一回「カムイ伝」を参考書にして比較文化論として江戸時代の日本を現在の日本に対比させて考えてみようという講義だ。

カムイ伝講義 カムイ伝講義
田中 優子

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江戸時代においても山(森林)はエネルギーの供給源であり、衣食住の源であった。国土の70%を占める森林は、薪と炭の供給源であるとともに、山の幸を人々にもたらした。カムイ伝の時代1650年頃は江戸時代の初期であり、徳川幕府の統治体制も確立してきた時代である。人口の増大によって、山の森林伐採が盛んになり、その結果河川の氾濫、洪水、田畑の流失が起きてくる。カムイ伝にもその様子がリアルに描かれている。

しかしカムイたちは、川の氾濫には「袋堰」という堰の構築法で対処し(これは正介の発明だと描かれている)、山には植林をすることで洪水を避ける知恵を持っていた。コンランド・タットマンは「日本人はどのように森を作ってきたか」の中で、日本の森が奇跡的に残っていることに驚愕している。富山の常願寺川を踏査したデ・レーケが言ったとされる「これは川ではない、滝である」という有名な台詞を待つまでもなく、日本の川は急峻であり、森林の保水機能がなければ雨はすべて海に流れ込んでしまう。森林の荒廃によって滅んだ文明は多くあるが、日本のような地形で未だに70%もの森林が残っているのは奇跡的なことだというわけだ。「カムイ伝講義」には、農民が利口で勤勉であり、「寄り合い」などのコミュニケーションにも優れたものを持ち、必要なら(首謀者は死罪になる)一揆も辞さないという気骨を持っていたことが書かれている。

樹海―夢、森に降りつむ日本の林野行政は、この先人たちの労苦を粉みじんにするようなやり
かたである。金にならないからということで森林は放置され管理も行き届かない。国有林でさえそうで、ブナの原生林が切り倒されていく。こんな林野行政に真っ向から反対を貫いた人物がいる。富良野の「東京大学北海道演習林」の高橋延清さんだ。「どろ亀さん」と呼ばれた高橋さんは、東京大学教授でありながら博士論文も書いたことが無く、一度も本郷の教壇に立ったことがないという不思議な先生だ。「林分施業法」という天然林の育成理論を作った世界的にも有名な先生だ。童子のような心を持ち続けた人でもある。

 二度童子(わらし)になって

老いて
二度童子になった
どろ亀さん
科学者の目を落して
森の中へ

見える 見える
よく見えてくる
今まで気がつかなかった
森の中の小さな
美しいデザインも・・・・・

動かずに
黙ってすわっている、と
生きものたちが
心を開けてやってくる
仲間にならんか、と

すぐそばに
小さなザゼンソウ
仏さまが
おられるような
気がする

生と死の哲学を
乞うても
何も答えて
くれないのだが・・・・・

著書の「樹海 夢、森に降りつむ」には、倒木に新しい命がたくま
しく育っている写真がある。

森には
美もあり 愛もある
激しい闘いもある
だが
ウソがない

Photo生と死の哲学を乞うても、何も答えてくれない」かもしれないが、生と死は、自然においては隣り合わせである。循環である。
「カムイ伝講義」で田中教授は「生と死は生物学的には、生きていることの同じ現象である」という。少し長くなるが引用しよう。

この世に生きる物はすべて、ふとした瞬間に死んでゆく。『カムイ伝』にも多くの死が描かれる。人間の死も、生態系を成す動植物の死も、実に何気ない。この物語においては、たとえその要因がいかなるものであるにせよ(激しい闘いの末、不慮の事故、あるいは病など)、死はあっという間の出来事として描写(記録)される。先ほどまで生きていた者が、次の場面ではもう地面に伏している。このように「現象」としてのみ観察すれば、「死」は、それ以上でもそれ以下でもないことがわかる。『カムイ伝』の作者(白土三平)は、まず、これを繰り返して提示している。
武士の妻子がカムイによって殺される場面がある。この時も、彼女たちの殺され方に驚いた。それがあまりにも、あっけなかったからである。やはり作者の意図であろうか。それでも物語は淡々と進行してゆく。だが、さすがにこれでは腑に落ちない気がした。そこで、その死に対して私は解説を試みた。何らかの意味を持たせようとした。しかし「そこに意味がある」と考えるのは、やはり人間だけなのである。
「生き物の視点」から、死はどう見えているのか。この地平から見つめる限り、死は、生きていることと同義の現象に他ならない。もはやそこに明確な区別はなく、つきつめてしまえば、「生」も「死」も結局、存在しないということになるのである。生き物が誕生し、そこで生命活動を営み、やがて土に還ってゆく。現象はこれに終始する。しかしその過程に、人はあえて「生」と「死」という名前を与えた。確かに漠然としたイメージを抱くとき、両者には決定的な違いがあるように思われる。やはりこれらは明確に区別さるべきものなのであろう。ところが、それでも「生き物の視点」に立ち返ると、やはり両者は同じ現象ということになる。これでは、理解し難い。対立している概念が、一方では同義を示すとなると、矛盾が生じてしまう。

ガン患者において、正しい死生観を持つ重要性を説く人は多い。サイモントンもワイルも同じだし、「ガンに打ち勝つ患者学」のアンダーソンも同じだ。「死を受け入れる」ことは「死に降伏」することではない。自然界の当たり前の現象なのだから。

処刑人から医者になった冬木道無。おふう様とう恩人を、処刑人であるが故に槍で突き刺さなければならなかった彼が、妻と子供を惨殺されて、不知火党という盗賊(テロリスト)集団の頭領となる。生の残酷と死の残酷を見てきた冬木は昼間は医者、夜はテロリストである。「テロリストはいつでも悪なのか」という問いは、死刑制度を容認している人間、死刑執行人の役を誰かに担わせて、自分は蚊帳の外にいる人間に対して、回答できない問いを突きつけているように思える。

『カムイ伝講義』について「生と死」について書くつもりが、「どろ亀さん」の話になり、わけが分からなくなってきたが、まぁいいか。いつものことだ。


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