プラシーボ効果は医学にパラダイムシフトを起こすか?

猛烈に暑いですね。窓を開けて寝ていても暑さで明け方には目が覚めてしまいます。ホメオパシー論争がマスコミでもネットでも盛んだし、それにアグネス・チャンの霊芝だとかパワーストーンが薬事法違反だとかの話題でも暑さに一層拍車がかかりそうで、頭がくらくらするのは暑さのせいばかりとも言えません。日本対がん協会の「ほほえみ大使」という顔と、万病に効く霊芝、ピンクのパワーストーンは恋愛運を呼び込むという「霊感商法の経営者」という顔。同一人物だとは思えませんね。

ま、そんな巷のうっとうしい話題は措いておき、プラシーボ効果に関する話題を。

科学の世界においてなすすべなく完全に行き詰まった状況は、大変革の前兆である。1911年の世界初の国際物理学会議=第1回ソルヴェイ物理学会議は、マリー・キュリー、ローレンツ、若きアインシュタインらの参加の下、新発見の放射能現象をどう利用するかが討議された。当時発見された放射能現象は、エネルギー保存則、運動量保存則に反するように見えた。放射能は理にかなわない「変則事象(アノマリー)」であった。この変則事象はやがて量子論の誕生を促し、解決されることになる。この量子論もまた、不確定性原理という「変則事象」を誕生させた。アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と口にし、それに対してボーアが「神がなさることに注文を付けるな」と応答することになる。そして超ひも理論の誕生となるのだが、暗黒物質の存在は超ひも理論を木っ端みじんに打ち砕く変則事象である。アフリカ大陸の西海岸と南米大陸の東海岸がジグソーパズルのように符合するのを誰もが不思議に思っていたが(変則事象は最初は無視される)、ヴェーゲナーがプレート・テクトロニクス理論と大陸移動説を導き出すことで地質学に新たな発展をもたらした。

まだ科学で解けない13の謎量子物理学の博士号を持つ科学ジャーナリスト、マイケル・ブルックスは『まだ科学で解けない13の謎』で、現在の科学知識では解決できない変則事象を賛否両論の立場で縦横に紹介している。13の変則事象とは、

  1. 暗黒物質・暗黒エネルギー――宇宙論の大問題。でもそんなものは存在しない?
  2. パイオニア変則事象――物理法則に背く軌道を飛ぶ二機の宇宙探査機
  3. 物理定数の不定――電磁力や強い力、弱い力の強さは昔は違っていた?
  4. 常温核融合――魔女狩りのように糾弾されたが、それでよかったのか?
  5. 生命とは何か?――誰も答えられない問い。合成生物はその答えになる?
  6. 火星の生命探査実験――生命の反応を捕らえたバイキングの結果はなぜ否定された?
  7. ”ワオ!”信号――ETからのメッセージとしか思えない信号が一度だけ……
  8. 巨大ウイルス――私たちはウイルスの子孫? 物議をかもす異形のウイルス
  9. 死――生物が死ななければならない理由が科学で説明できない
  10. セックス――有性生殖をする理由が科学ではわからない
  11. 自由意志――「そんなものは存在しない」という証拠が積み重なっている
  12. プラシーボ効果――ニセの薬でも効くなら、本物の薬はどう評価すべきか?
  13. ホメオパシー(同種療法)――明らかに不合理なのになぜ世界じゅうで普及しているのか?

である。

トマス・クーンのパラダイムシフト論によれば、科学者はその時代の支配的な解釈・世界観に基づいて研究をするが、その枠組みに収まりきれない事象が出てくる。最初はその事象は無視され、棄却されるが、それが積み重なってやがては無視できなくなり、破局が訪れる。破局の後には新しいパラダイムが出現し、誰もがそれを手に入れる。やがて新しいパラダイムに収まりきれない事象が出てきて・・・・。これを繰り返すというものである。ブルックスは13の変則事象がパラダイムシフトにつながりかねない内容を有していると考えている。

微細構造定数αという定数がある。電子の電荷とプランク定数、光速の値を用いて次のように定められている。(CGS単位系)

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赤いバラが赤く見えるためにはこの定数が一定である必要がある。この値が100億年前には変わっていたという「3.物理定数の不定」。これが本当だとすると宇宙の起源や大きさについての現在の知識が書き換えられることになる。「5.生命とは何か?」にも興味がある。がんとは何か、永遠の生命を持つことになるがん細胞とは細胞の先祖返りでもある。がん患者なら近い将来に自分のみに起きる死を考えざるを得ない。「9.死」も重要な関心事である。それぞれに興味津々の章である。しかし、ここでは「12.プラシーボ効果」と「13.ホメオパシー」について考えてみたい。

プラシーボ効果については何度か紹介してきた。端的に言えばその関心は「がんは気持ちで治るのか?」ということであった。そして『プラシーボの治癒力』では多くの研究結果があることを書いたが、ブルックスのこの本では、プラシーボ効果についてのより最近の知識を知ることができる。

薬剤の化学的作用は、脳内で分泌される化学物質によって強まる。これによってプラシーボ効果はある程度まで説明できるはずであった。しかし、最近の研究成果は、プラシーボ効果はそれ以上のものだということをはっきりさせたようである。医療は、プラシーボ効果が存在し、かつ治験薬の化学作用とは区別できるという前提で成り立っている。しかしどうやらその前提は間違っていたようだ。最近、アメリカ国立衛生研究所がある会議で「プラシーボ効果の研究は最優先事項」だと宣言したのには理由がある。

痛みに苦しむ患者にモルヒネの点滴をする。患者が鎮痛効果を実感したところで、患者には知らせないでモルヒネを生理食塩水とすり替える。プラシーボ効果のおかげで患者はモルヒネがまだ効いているように感じる。次の仕掛けはさらに奇妙である。点滴溶液の中にモルヒネの作用を遮断する働きのあるナロクソンを混ぜる。するとモルヒネはまったく投与されていないにもかかわらず、患者の体内ではナロクソンが鎮痛効果を抑制し始めて、患者は痛みがぶり返したと訴えるようになる。この実験の解釈として、鎮痛効果を期待するだけでエンドルフィンの分泌が誘発されるからだという者もいる。しかし、モルヒネを別の化学作用で働く鎮痛剤ケトロラックに変え、同様の試験をした場合は、ナロクソンを投与しても鎮痛効果の遮断はおこらない。つまり、プラシーボ効果はエンドルフィンではなく、体内で分泌される別の鎮痛物質でもたらされているからである。誰もが”プラシーボ効果”とひとからげに考えていたものが、それぞれ独自の生化学的な仕組みを持つ、種々様々なものがまとまった作用だということが分かってきた。”わたしたちの脳は、あの手この手でわたしたちをだますことができる”ようだ。

ロビァッツォンとゴットシェらは「プラシーボ効果は存在しない」という新説を出したが、それにましてプラシーボ効果は現実のものだという強力な証拠も集まってきている。脳内にプラシーボ効果に関与する経路が存在することが脳の断層撮影(CT)によって示された。2005年、ミシガン大学の研究者らは、鎮痛剤だといわれた偽薬の注射を受けた患者の、視床下部のエンドルフィン系が活性化する様子を陽電子放射断層撮影法(PET)を使って撮影することに成功した。

著者のブルックスは、インタビューし論文資料を紹介するだけではない。体当たりで自分が実験台になり、プラシーボ効果を試そうとする。トリノのサン・ジョバンニ・バッティスタ病院のベネディッティ博士のもとでプラシーボ反応を体験する実験に参加する。実験は筋肉のすごきにカフェインが与える効果を測定するというものであり、コーヒーを飲んではエクササイズマシンに乗り、また飲んでは乗るを繰り返して測定をした。カフェインは競技スポーツでは禁止薬物であることを事前に聞かされる。ブルックスはこの実験がプラシーボ効果の実験であることを十分に承知していた。どこかにウソがあるはずである。しかし、とにかくもコーヒーを飲む前よりも飲んだ後のほうが、まちがいなく多くの運動をこなすことができた。

実験が終わって、博士は「コーヒーにはカフェインが含まれていなかった」と告白した。博士自身も、何が行なわれるかを承知している被験者の実験で、このような結果が出たことに驚いていた。

次の実験は電気ショックを与えるものである。パソコンの画面に表示される色に応じて電気ショックの強さを変える。赤は微弱な、軽く腕に触れる程度のショックで、緑は電気柵に流れる電流と同じ程度の電流が流れる。電流は色が表示されて5秒気に流れるので、電流の強さを予測する余裕がある。色を見て電流の強さを予測する条件付けが成立すると、逆に色を操作することで脳が感じる苦痛のレベルを操作することが可能になる。脳をペテンに賭けることがうまくできるのである。そして、最後の一連の実験では、赤、緑と色を変えて電流を流すが、どちらの色であっても腕に感じる電流は微弱な程度の感じられたのである。

しかし、実験の後で、最後の一連の実験では”すべて強烈な電気柵と同程度”の電流だったと聞かされる。つまり、脳は二重にペテンにかかったということになる。

他にもパーキンソン病患者の震えを止めるために、視床下部にマイクロチップを埋め込んで電気的刺激を与えることがある。このマイクロチップを利用してプラシーボ効果による視床下核神経の活動電位を測定することに成功している。プラシーボはすべて脳内のできごとであるらしい。

プラシーボ効果を理解することに革命的に成功した暁には、「人間生物学の根本的な洞察につながる」ことはまちがいない。プラシーボという変則事象は、医学のパラダイムシフトを生み出すはずだ。そのためには現在の医学における証明方法、二重盲検法も解体的に再構築される必要がある。人間の想像力が持つ治癒力をうまく利用することに医学の未来がある。<この考えはアンドルー・ワイルらの思想と同じである>

第13章はホメオパシーについてだが、要点だけ。薬効の記憶が水に残るとするなら、それは水の特殊な物理的特性によるのかもしれない。水の水素結合による電気双極子、タンパク質形成における水の静電力の役割、DNA内の情報処理における水の重要性などが述べられてはいるが、全体に懐疑的な書き方である。英国におけるレメディ製造の最大手ヘリオス社の製造現場も取材している。レメディの箱に「嬰ヘ短調」「ト長調和音」「ミステリ・サークル」などと書かれたラベルが貼られていたことだけを紹介しておく。マーラーの未完成の交響曲第10番は「嬰ヘ短調」だが、「嬰ヘ短調」はどんな病気に効くのか? 「嬰ヘ短調」希釈方法は? どうやってレメディに詰め込むのか?

おおいに知的好奇心を満足させてくれる良き本でした。プラシーボでもがんが治ることがある、奇跡的治癒といわれるものの一部はそうかもしれないと私は信じているのだが、これは永久に証明できそうにないなぁ。これをあまり強調すると似非科学やニューサイエンスになりかねない。


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