がん患者と老子ー電車で老子に会った話

加島祥造と老子

膵臓がんの手術後のICUで、許された1日にたった一杯の水を飲めることが嬉しく、ベッドで足を伸ばして上向きにゆったりとできることが嬉しく、窓ガラスに、台風による雨滴が流れる様に見とれていたものだ。

老子の漢文は難解ですが、幸い加島祥造の現代語訳を知ることができ、加島訳の老子は私の胸にすとんと落ちました。

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老子はニヒリズム(虚無主義)だと言われるが、老子の虚無主義は絶望ではなく、自由であり希望です。

この世も人生も”本質的に”無意味だと言うことであり、宇宙レベルで見て、私や人類の存在には根源的な意味がないということだ。だから逆に、自分の人生は自分で勝手に意味を見出せば良いし、たとえ癌であっても、こう生きようと自由に決めて良い。本来は意味のない”無”であるはずの”この私”が”存在している”という”奇跡”が、希望なのだ。

大いなる”タオ”に生かされている私という希望なのです。

電車で老子に会った話

加島祥造の『伊那谷の老子 (朝日文庫)』には、彼がいかにして老子の現代詩約をすることになったかが紹介されている。

その中で、晩年の寺田寅彦の「電車で老子に会った話」の小文を引用して、寅彦が日本橋の丸善で老子のドイツ語訳を買い求め、電車の中で読み始めたが、これまで難解だと思っていた老子が、「まるで背広にオーバー姿で電車の中でひょつくり隣合って独逸語で話しかけられたよう」に、すとんと理解できたというのである。

そして加島自身も、老子の英語訳に出会っていっぺんでその虜となり、触発されて老子道徳経を現代詩に訳した『タオ―老子 (ちくま文庫)』を出版することになってしまった。

タオ―老子 (ちくま文庫)

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この『タオ-老子』の現代詩がなんともいいのである。

私なんぞは、漢詩は高校で受験のために仕方なく勉強したが、正直いって難解で退屈だった。孔子・孟子までは付き合ったが内容はほとんど記憶にないし、まして老子となると義理で付き合った覚えもない。

その老子が、加島の現代詩に姿を変えると、本当にストンと胸に落ちるから痛快だ。

無為とは、なにもしないことじゃない
誰も、みんな、
産んだり、養ったり、作ったりするさ、
しかし、
タオにつながる人は
それを自分のものだと主張しない。
熱心に働いても
その結果を自分のしたことと自慢しない。
頭に立って人々をリードしても、
けっして人を支配しようとはしない。
頭であれこれ作為しないこと、
タオに生かされているのだと知ること、
それが無為ということだよ。
なぜって、こういうタオの働きに任せたときこそ、
ライフ・エナジーがいちばん良く流れるんだ。
これがタオという道の不思議な神秘の
パワーなんだ。
(老子道徳経第十章)

君はとっちが大切かね?-
地位や評判かね
それとも自分の身体かね?
収入や財産を守るためには
自分の身体をこわしてもかまわないかね?
何をとるのが得で
何を失うのが損か、本当に
よく考えたことがあるかね。
名声やお金にこだわりすぎたら
もっとずっと大切なものを失う。
物を無理して蓄めこんだりしたら、
とても大きなものを亡くすんだよ。
なにを失い、なにを亡くすかだって?
静けさと平和さ。
このふたつを得るには、
いま自分の持つものに満足することさ。
人になにかを求めないで、これで
まあ充分だと思う人は
ゆったり世の中を眺めて、
自分の人生を
長く保ってゆけるのさ。
(老子道徳経第四四章)


これを書いたのは、まだ膵臓がんを告知される前である。今から思い返してみると、中野孝次や加島祥造、老子に接してきたおかげで、膵臓がんと言われたときにも、思ったほどには慌てず、冷静に受け止めることができたような気がする。

「故至数車無車 ゆえに車を数えることをいたせば車なし」を「部分の総和は全体ではない」と訳すことで、老子の中に複雑系や自己組織化の思想すら読み取ることができる。

「無欲、足るを知る」を説いた老子だが、仏陀もキリストも根本的には同じことを言っている。

欲望を捨てないかぎり幸福にはなれないと。

マルクスにおいても「資本論」において資本主義を頭から否定しているわけではない。むしろ歴史的にも必然的な制度であり、「蓄積欲」を利用して経済発展を遂げるというシステムにより人類は長く悩んできた飢えからも解放されたと説いている。しかし、その欲望から解放されない限り人間の幸福は訪れないとも説いている。


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