『決められない患者たち』
医療において、患者の意志決定はどのようにされているのか、治療において唯一の正しい答えはあるのだろうか。
そうした疑問に答えてくれる一冊です。
医学は不確実性の科学です。唯一の正しい答えなどあるはずがないがゆえに、科学的根拠だけでなく、心理学、認知科学に関わる部分が大きい。
グループマンは『医者は現場でどう考えるか』の著作で、医療者の意志決定を扱ったのであるが、今回は患者の意志決定を扱っている。
治療をすべきかどうか、いくつもの治療法があり、それぞれにリスクとベネフィットがあるとき、患者はどのようにして選択しているのかを、ルポルタージュした本です。
EBMに従うのが最良の医療だといっても、
エビデンス(科学的な根拠)が常に「最善」とは限らない。いろいろなバイアスがある。患者の状況も常に変化し、全てが把握できるわけではない。医師の技能もピンからキリである。要するに、医療には多くのグレーゾーンがあり、将来起こり得る状況を予測することは難しい。
患者の価値観もときによって異なる。高血圧の薬を飲むことを拒否する「自然主義派」の患者でも、がんともなると手術や放射線も拒否しないで最善の治療を受けようとする。
患者の多くが、治療法の意志決定に際して「隣人のアドバイス」を最も重視していると統計的には示されている。「〇〇でがんが治った」などもこれに含まれるだろう。これを「可用性バイアス」と言うのだが、その治療法で失敗した多くの患者がいたとしても、成功した一人の患者のニュースが記憶に残り、治療の意志決定に影響する。
インフォームドコンセントと称して、患者に「A,B,Cの抗がん剤のうちどれを選びますか?」と問う腫瘍内科医が有名な国立がん病院にいるという。こんなのは患者の価値観を尊重しているように見えて、医師の役割を投げ捨てているだけではないのか。これは決して「患者中心の医療」ではない。
著者らは、多くのエピソードを説明した上で、賢い患者となるための「結論」として次のように述べている。
- 医学は不確実な科学だ
- ある特定の医療行為が患者の人生にどのような影響を与えるかを予測できるはずもない
- 医療のグレーゾーンでの選択は、単純でもなければ明快でもないことが多い
- したがって、患者と医師の両方によって、微妙に調整された意志決定がされなければならない
- ガイドラインという作業マニュアルに従って医療を提供するのが望ましいという医師や専門家がいるが、それは「患者中心の医療」ではなく「システム中心の医療」である
- どの治療を望むかという点で、最大限主義者と最小限主義者がいる
- 自然主義指向と新しい革命的な治療法が最善とする技術主義指向の患者がいる
- 信じる者と疑う者というカテゴリーも存在する
- 自分がこれらのカテゴリーのどれに当てはまるのかを検討した上で、熟考のプロセスを見直すことをお薦めする
- 治療による利益よりも害のほうを重視する患者には「隣人のアドバイス」、親戚や友人の経験やメディアやインターネットでの経験談=「可用性バイアス」も指向を決定する最大のファクターになる
- しかし、可用性バイアスの害を避けるためには、治療のリスクと利益に関する数字、治療必要数と有害必要数といった情報をたくさん集めて、その中に他人のエピソードを落とし込んで考えることが最善である
- 意志決定において自分がどの程度の自律性と主導権を発揮したいかも考慮しておくべきである。主治医との信頼関係を構築し、それを確かめながらどの程度の主導権を発揮すれば良いのか、軌道修正していくことが理想である
治療必要数:一人の患者の治療効果を得るために、何人の患者に治療をしなければならないかという指標。小さいほどよい。
有害必要数は、100人の治療によって有害症例(副作用や死亡)する患者が1人増えれば、有害必要数=100となる。この数字は大きいほどよい。
例えば「ウコンでがんが治った」という情報があったとき、そのためには何人の患者がウコンを摂っていたの?(分母) これを摂った結果症状が悪化した患者は何人いたの? をよく考えるということです。ウコンは肝機能を悪化させることがあるのです。治った患者は標準治療など、他の治療法はやっていなかったのかも確認しなければいけませんね。