今年一番印象に残った本『AI VS. 教科書が読めない子どもたち』
今年読んだ本で最も印象に残ったのは、数学者 新井紀子氏の『AI VS. 教科書が読めない子どもたち』です。
新井氏は、 AI が人間の能力を追い越すことはないことを明らかにしました。しかし、現在の若者は国語の教科書を読み、理解することがおぼつかなくなっていると指摘しています。
新井氏はこの本で、シンギュラリティはやってこないと断定しています。シンギュラリティとは「人工知能(AI) が人間の能力を超えることで起こる出来事」ですが、人工知能は要するに数学的処理ができるだけです。
そして数学は、論理と確率と統計で構成されています。論理と確率と統計では文章の意味も理解できないのです。
AI が人間の能力を超えることは少なくとも私たちの2、3世代あとの時代までありそうにありません。
新井氏らのプロジェクト「東ロボくん」は、東大合格を目指してAIを開発しているのですが、まだ東大に合格するほどの能力はありません。しかし、東ロボくんは、早稲田、慶応などの有名私立大学に80%以上の確率で合格するほどの能力を既に身につけています。
これは何を意味するかと言うと、ホワイトカラーの仕事が大量に AI に置き換わるということです。 産業革命によって工場労働者が失業し、その代わりに大量のホワイトカラーが生じました。それと同じことが、AI の能力の発達によって、ホワイトカラーが大量に職を奪われる未来がすぐそこに来ているということです。
新井氏が危惧していることは、言葉の意味を理解できない AI と同じ程度の国語読解力しか持たない若者が大量にいることです。
読解力が育っていないからコミュニケーションができない。マニュアルが読めない、読んでも理解できない。作業指示書や製品の仕様書が理解できない。こうした若者たちにできる仕事は定型的な業務、マニュアル化された業務です。これらは AI によって置き換えることが可能なほどに今の AI の能力は発達しています。
新井氏らが行った全国読解力調査によると、半分以上の中学生高校生が教科書が読めない。教科書に書いてある日本語の意味が理解できていないと言う驚くべき結果でした。
例えば次のような問題があります。
問:次の文を読みなさい。
仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアに主に広がっている。
この文脈において、以下の文中の空欄に当てはまる最も適当なものを選択肢のうちから一つ選びなさい。
オセアニアに広がっているのは( )である。
1.ヒンズー教 2.キリスト教 3.イスラム教 4.仏教
これは「係り受け」の問題です。正解は2のキリスト教。正答率は中学生で62%、高校生で72%でした。
つまり、このような簡単な問題が、中学生の3人に1人以上、高校生の10人に3人近くが正解できなかったと理解すべきです。しかも、この問題に解答した高校生が通っているのは進学率ほぼ100%の進学校です。そうした高校においてもこの程度の正答率ということに驚きます。
文章を正確に理解するためには主語と述語の関係や、修飾語と被修飾語の関係を理解しなければなりません。また文章には「それ」「これ」といった指示代名詞が頻繁に出てきますから、指示代名詞が何を指すかも理解できなければなりません。こうした「係り受け」が正しく理解できないと会話が成り立たないのです。
別の問題をあげると、
次の文章を読みなさい。
アミラーゼという酵素は、グルコースが繋がってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
この文脈において、以下の文中の空欄に当てはまる最も適当なものを選択肢のうちから一つ選びなさい。
セルロースは( )と形が違う。
1.デンプン 2.アミラーゼ 3.グルコース 4.酵素
これは、一番正答率が低かった問題でした。この設問に対して某新聞社の論説委員から経済産業省の官僚までなぜかグルコースを選ぶので驚いたそうです。正解は1のデンプンです。
こうしてみると、読解力の不足は、中学高校生だけの問題ではないようです。
簡単な日本語が正しく理解できないから、「免疫細胞療法は国が認定している」だとか、「光免疫療法は動物実験のレベルだ」などと的外れの解釈で、恥ずかしいプロパガンダをぶち上げたりするのでしょう。
しかしこれらはまだ可愛い方で害は少ないと言えます。
これががん治療に関わることだったら、困ったことになります。医者の説明が理解できない。医療知識がないからではなく、国語の読解力不足がその原因だとしたら、インフォームドコンセントなど成り立ちようがありません。一方で、医師の国家試験に合格しているのだから読解力はあるはずの、医者の説明にも問題があることも多いのです。
読解力がないから、論理的思考力もない。これが国を動かす指導者や大臣ともなると、日本の未来が危うくなります。野党や記者の質問にまともに答えようとしないで「ご飯論法」が流行語となった。捏造したデータに基づいて法案を作成するなど論理以前の不正も横行した。沖縄に寄り添うと言いながら問答無用と辺野古の埋め立てを強行する。
言葉が空虚で、これではコミュニケーションが成立しない。5チャンネル並みの言葉も論理も大切にしない投稿と変わりがないではないか。
政治家にこそ新井氏のこの本を読んで欲しいものです。
AIにも劣るような読解力の主が相手では、議論が成立しないのです。