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キムタクの『目』と憲法

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岩波新書の「文章のみがき方」-辰濃和男 が売れているそうだ。同じ著者の「文章の書き方」の続編になる。
こうした類の本で、私が一番参考になったのが、本田勝一の「日本語の作文技術」であるが、こちらは句読点の扱い方などタイトルどおりに「技術」に関する内容である。これはこれで文章を書くときに結構参考になったものだ。

「文章のみがき方」に、「6 異質なものを結びつける」という章がある。俵万智の「サラダ記念日」から、「『嫁さんになれよ』だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの」を引き合いにして、求婚とカンチューハイという異質なものを結びつけることで、「愛の告白」という重いテーマを軽やかなものに変える面白さがそこにあるというのだ。

さらに、もうひとつ異質なものを結びつけた好例として、2006年5月2日の朝日新聞文化欄に掲載された憲法学者・田村理の論評を上げている。「憲法」という硬いものと「キムタク=木村拓哉」を結びつけることで、文章の内容がかえって深く理解されるようになっている。

「キムタクの『目』と憲法」と題した論評は、再開されたテレビドラマ「HERO」の中で、警察は女性ニュースキャスター暴行事件の被疑者を、犯人は別人だと知りながら追い詰めて自殺させる。納得できない久利生検事は、キャスターから犯人は別人だとの証言をとり、刑事に詰め寄る。そして言う。

「俺達みたいな仕事ってな、人の命を奪おうと思ったら簡単に奪えんだよ。あんたら警察も、俺ら検察も、そしてマスコミも、これっぽちの保身の気持ちでな、ちょっと気を緩めただけで人を簡単に殺せんだよ。俺らはそういうことを忘れちゃいけないんじゃないすか!」。

田村理はこの論評の中でさらに、「確かに『HERO』は『ドラマ』にすぎないが、公権力の現実を絵に描いたように突いている。意に反する自白、被害者が『犯人は別人』だと告げても警察のメンツで歪む事実、いつのまにか無くなる物証……。これらが実際に『よくある話』だとしたら?」と続ける。

その「よくある話」が今、高知県で起こっている。スクールバスと白バイの交通事故で、スクールバスの運転手が二審判決でも有罪とされた事件である。

テレビでも「高知白バイ死亡事故 証拠捏造疑惑が浮上」などと報道されたが、ネット上ではだいぶ以前から「キッコのブログ」などで騒がれていた。詳しい事件の内容は「キッコのブログ」や「世に倦む日々」をみてほしいが、冤罪事件の疑いが大いにあると思う。

「キムタクの『目』と憲法」の論評で田村は、「憲法は公権力にしてもらっては困ることを定める法である。だが僕達はそのことをうまく理解できない。」とし、私たちは憲法の「権利」=国がしてくれるべきことだけに目が行きがちであるが、「公権力の不正を絶対に許さぬ「目」、「けっしてこぼさぬ涙をたたえた強い怒りの目」を支配される側にいる僕達の中に育てなければならない。」 そのためにも、「HERO」を見て「公権力の怖さ」の具体的なイメージを少しでも感じとることができたら、そこに憲法の存在意義がある。」と書く。

今日11月3日は61年前に日本国憲法が公布された日である。公権力の不正を絶対に許さぬ「目」で、私も「「高知白バイ死亡事故」のその後を注視している。


当日の朝日新聞の論評全文を載せておく。

「キムタクの『目』と憲法」

2006/5/2朝日夕刊  田村理(憲法学者)

「キムタク好きですか? 『HERO』見ましたか?」。必ず憲法の講義で問いかける。この夏、復活するというこのドラマのヒーローは、僕の講義では「権力を持つ者はすべてそれを濫用する傾向がある」と喝破したモンテスキューより重要である。

第10
話(田辺満脚本)。木村拓哉さん演じる検事久利生公平は、女性ニュースキャスターへの暴行を警察で自白した被疑者を証拠不十分で不起訴にする。しかし再び彼女が襲われる。被害者も刑事も犯人は別人だと気づきながら、被疑者を追いつめ、自殺させる。納得できない久利生検事は、キャスターから犯人は別人だとの証言をとり、刑事に詰め寄る。そして言う。「俺達みたいな仕事ってな、人の命を奪おうと思ったら簡単に奪えんだよ。あんたら警察も、俺ら検察も、そしてマスコミも、これっぽちの保身の気持ちでな、ちょっと気を緩めただけで人を簡単に殺せんだよ。俺らはそういうことを忘れちゃいけないんじゃないすか!」。

けっしてこぼさぬ涙をたたえた木村さんの強い怒りの「目」は立憲主義の象徴である。「簡単に人を殺せる」ほどの力=公権力に制限を課して濫用を防ぎ、国民の人権をまもる、その手段として憲法を定める。そういう考え方を立憲主義という。憲法の存在意義である。

日本国憲法も①法の定める適正な手続きによらなければ刑罰を科してはならない(31 条)②拷問・脅迫等による自白は証拠とできない(38 条2項)③自白を補強する証拠が無い場合は有罪にできない(同3項)等の定めをおき、刑事手続きにかかわる公権力に制限を課している。学校で習う憲法の基本原理もすべて立憲主義とつながっている。公権力を少数者が勝手に行使しないようにみんなで物事を決める「国民主権」。公権力がしてはいけないこと(=人権)のリストを掲げて違憲審査制で保障する。「基本的人権の尊重」。そして、国家のために公権力が国民の命を犠牲にしてはならないと命じる「平和主義」。

憲法は公権力にしてもらっては困ることを定める法である。だが僕達はそのことをうまく理解できない。多くの人にとって憲法は、生存権保障のように国=公権力がしてくれることを定めた法である。国は人権を与えてくれ、僕達を護(まも)ってくれる頼もしい「正義の味方」だと感じているのである。憲法の価値を護ろうとするなら、条文を「改めない」ことよりも、僕達のこの権力観を「改める」ことが必要である。

思い出そう。2003 年12 月14 日のサダム・フセインの髭面を。国民には「聖戦への参加は義務である」と命じながら、穴蔵に隠れていた権力者の姿を。「撃つな、私は共和国大統領だと保身した大統領閣下のあの「うつろな目」は国民を護ってくれる人の「目」だろうか?

日本の警察はどうか。確かに「HERO」は「ドラマ」にすぎないが、公権力の現実を絵に描いたように突いている。意に反する自白、被害者が「犯人は別人」だと告げても警察のメンツで歪む事実、いつのまにか無くなる物証……。これらが実際に「よくある話」だとしたら?

それでも公権力が「正義の味方」であり続けるなら、僕達の無防備な信頼が「簡単に人を殺す」ことを正当化し、憲法を改正しようがしまいが、立憲主義は無に帰すだろう。

「誰でもみんな最初はそう思ってたんだ。でもな、現実はそうはいかないんだよ。そんなのただの理想だよ」久利生検事に反論する矢口刑事に僕は共感する。理想に燃えて公権力に携わる人も、皆がいつも憲法尊重擁護義務(99条)を果たせるほど「強く」いられるわけではない。モンテスキューの言によれば久利生公平その人でさえ。英雄に頼ってはいられない。
だから、公権力の不正を絶対に許さぬ「目」、「けっしてこぼさぬ涙をたたえた強い怒りの目」を支配される側にいる僕達の中に育てなければならない。

そのためにまずするべきことは、「公権力の怖さ」の具体的なイメージを感じとることである。だから憲法記念日には、難しい議論はひとまずわきにおいて、「HERO」を見よう。キムタクのあの「目」に共感できたら、「あの被疑者みたいにボーッとしてるとヤバいかも」と少しでも感じることができたら、そこに憲法の存在意義がある。

たむら・おさむ専修大助教授65 年生まれ。一橋大大学院博士後期課程修了。著書に「フランス革命と財産権」「投票方法と個人主義」(いずれも創文社)など。


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