免疫細胞療法で寿命が縮まることがある?
タイトルを見て「そんな馬鹿な!」と思うかもしれませんが、これは私の仮説です。仮説の根拠を示します。
ここで言う「免疫細胞療法」とは、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬を使う免疫療法ではなく、自己リンパ球活性化療法など、巷のクリニックで行われている高額な自費治療のことです。
仮説の概要は次のとおりです。
- 免疫細胞療法で延命効果を感じているがん患者が多数いる
- しかし、臨床試験の結果では延命効果は否定されている
- 上の二つが正しいならば、免疫細胞療法によって寿命が縮まっている患者が、同じ人数で存在するはずである。
免疫細胞療法に対して、エビデンスがない、効果が証明されていないという論考はたくさんありますが、返って寿命を縮めているのではないかという指摘は見たことがありません。にわかには信じがたいですが、論理的に考えると、そう考えざるを得ません。
順に見ていきます。
1. 免疫細胞療法で延命効果を感じているがん患者が多数いる
クリニックの症例報告などには、
「根治や縮小を目指せないまでも、ある程度腫瘍の進行を抑制することが可能であれば、日常生活や延命効果の観点からも患者へのメリットは大きい。」
などと紹介されています。また、クリニックの患者で組織された患者会などでも「確かに延命効果はあると思っています」などと患者の感想が述べられていたりします。
ここでは、延命効果を感じている患者が多数いることを「仮定」として認めておくことにしましょう。
2. 臨床試験の結果では、延命効果は否定されている
免疫細胞療法で第3相試験まで行った試験は多くはないのですが、代表的なものを取りあげてみます。
元厚生労働大臣 坂口力氏が会長を務めている「免疫の力でがんを治す患者の会」のサイトには、『「科学的根拠を有する免疫療法」その科学的根拠を問う』と題した記事が5回連載されています。
<免疫細胞療法にはエビデンスがなく、治療効果が証明されていないと言われますが、本当でしょうか?>という問いに対して、第2回目に、肝臓がん術後の患者150人を無作為に分けて、活性化自己リンパ球療法投与群と無投与群を比較したエビデンスの高い臨床試験として紹介されているのが、次の論文です。
Takayama T et al.: Lancet 356:802 ,2000
Adoptive immunotherapy to lower postsurgical recurrence rates of hepatocellular carcinoma: a randomised traial
活性化自己リンパ球療法投与群のほうが、無再発生存率が有意に高かったという結論を紹介しているのですが、
しかし原論文に当たってみると、「免疫療法群では、無再発生存期間(p = 0.01)および無憎悪生存期間(p = 0.04)が対照群より有意に長かった。 全生存期間は、群間で有意差はなかった(p = 0.09)」と結論されています。
「免疫の力でがんを治す患者の会」のページは、この前半部分だけを取りあげて、全生存期間には有意差がなかったことを故意に無視しています。
エビデンスレベル1のランダム化比較試験において、活性化自己リンパ球療法投与された患者は、再発するまでの期間は長かったが、延命効果はないと証明された、というのが、この論文の結論です。
もう一つの肺がんの論文と一緒に、 金沢大学先進医学センターのサイトにも免疫細胞療法の効果として紹介されている論文です。何しろ200年に発表された論文ですが、良く紹介されます。20世紀の論文でしか証明できないということでしょうか。
もう一つの臨床試験は、瀬田クリニックグループのサイトに紹介されている論文です。
No.37に『進行肺癌に対する活性化自己リンパ球療法で観察された生存期間の延長:多因子歴史的コホート研究の結果』があります。これは第IIIb / IV期の原発性非小細胞肺癌患者540人に対するアルファ・ベータT細胞療法のコホート研究です。
東京の6つの主要大学病院と瀬田クリニックグループが参加して、これらの施設で治療を受けた非小細胞肺がん患者355名を対照群とし、瀬田クリニックで免疫細胞療法を受けた192人を免疫療法群として、5年間追跡したものです。
その研究の結論は、「進行した肺癌に対する免疫療法の有効性は限られているが、特定の条件下では寿命を延ばす可能性がある。 免疫療法自体は化学療法と比較して臨床上有益ではなかったが、化学療法に対する免疫療法の有意な相加効果が腺癌の女性において観察された。 さらに、免疫療法は、死亡時近くまで患者の良好な生活の質を維持することができる。」(Pubmed ID:22422103)とされています。
苦し紛れに「特定の条件下では寿命を延ばす可能性がある」と述べていますが、この論文の生存率曲線をみれば延命効果がないことは明かです。
より詳しくは、このブログの別記事で紹介しています。
3. 免疫細胞療法によって寿命が縮まっている患者がいる
上記の二つの項目から、論理的に導き出される結論は、「免疫細胞療法で寿命を縮めている患者がいる」となるはずです。
なぜなら、一定数の寿命の延びた患者がいるが、全体をならす全生存期間に差はない、となるためには、本来生きられたであろう期間よりも早く亡くなった患者が存在しなくてはならないからです。
高額な免疫細胞療法によって、寿命が延びている患者がいることは否定しません。しかし、効果を実感している患者ばかりなら、統計的にも生存期間に差が出てくるはずです。隠れた寿命の短くなった患者がいるはずなのです。
早く亡くなった患者は、当然ですが、声をあげることはできません。生きている患者だけが効果を謳うことができるのです。
推測ですが、免疫細胞療法を受けていることで安心し、標準治療を避ける傾向があるためなのかもしれません。あるいは私が気付かない他の理由があるのかもしれません。
リンパ球バンクの藤井氏は「NK細胞療法は延命効果を目指すものではない」と述べています。こちらは正直ですね。
解決策は?
この仮説を否定するためには、1.の延命効果を実感しているのが錯覚であるか、2.の臨床試験が不十分であることを説明するしかないでしょう。
しかし、その責任は免疫細胞療法を行っているクリニックの側にあります。
中村祐輔氏もブログで、
私はペテン師のような医師を「白衣を着た詐欺師」と批難してきた。まじめに取り組みながらも、治療成績をはっきりさせてこなかった医療施設にも責任はある。
日本で活動している免疫治療施設も、効いたと謳うなら、正々堂々と効果があった症例とその患者のデータを公開すればいいと思う。心ある人たちが集まって、治験を行い、データを集積して「エビデンス」を示していけばいいのではないのか?
と書いています。
治らないがんを宿したがん患者が、一縷の希望を求めて免疫細胞療法に走ることを否定はしません。そうした患者がデータに基づいて正しく選択するためにも、データを公開して臨床試験を行うべきでしょう。
その意味で、テラと県立和歌山医大が膵臓がんに対する樹状細胞療法の臨床試験を始めるというニュースは一歩前進でしょう。