今日の一冊(24) 澤田瞳子『若冲』


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伊藤若冲は、江戸時代中期の京にて活躍した絵師。若冲と腹違いの妹お志乃、それに義弟の弁蔵を中心に物語は展開する。弁蔵の姉お三輪は、若冲に嫁いだ2年後に自害するのだが、それを障害恨みに思い、若冲の贋作を描くことで恨みを晴らそうとする。生きるとは何か? 憎しみの中からも美しい絵が創作されうるのかを描ききっている。著者の澤田瞳子さんはまだお若いのに、史実を詳細に調査し、登場する庶民の生活を生き生きと描いている。

「若冲」とは『老子道徳教』第45章の「大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若く」から採られている。意味は「大いに充実しているものは、空っぽのようにみえる」である。

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この絵では、紫陽花の葉は虫に食われ、枯れかけている。命が終わろうとしている。決してきれいな紫陽花を描いてはいない。仲睦まじげな雌雄の鶏も、雌はなにやら拒絶しているようにも見え、そんな雌の態度に、羽を逆立て片足をあげて怒っている。新しい命を生むための発情期なのか。仲睦まじげな夫婦の間にも緊張感がある。

生命のダイナミクスと多様性、輝いている命とやがて死んでいく命が細部にまで克明に描かれていている。

金子邦彦の『生命とは何か―複雑系生命科学へ』の表紙には若冲の「樹花鳥獣図屏風」の一部が使われている。生命の秘密を、がんも含めて「複雑系」として解き明かそうとする意欲作であった。この本の表紙を飾るにふさわしい画家だろう。

「生の輝きは、絶望の淵の底より仰ぎ見てこそ、最も眩しく映る」

弁蔵が言う。「若冲さんの絵は、美しいがゆえに醜く、醜いがゆえに美しい。そないな人の心によう似てますのや」

そうかもしれないと、思う。

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