今日の一冊(125)『がん患者の心を救う』
精神腫瘍医 大西秀樹医師が、がん患者と家族の心の問題をとりあげた著作です。
精神腫瘍学とは
がんという病気は患者の身体のみならずご家族の心にも影響を与えてしまいます。
そうして患者さんご家族の生活の質を落としてしまい、がん治療にも影響を与えかねません。
こうしたことを何とかしたいということで、がん患者の心のケアを考える医療、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)が登場してきました。
がん医療の現場で、精神腫瘍学を使って専門的に働くのが精神腫瘍医です。精神腫瘍医は全国でもまだ数が少なく、医療関係者の間でも初めて聞いたという方がいるほどで、認知度は高くありません。
がん患者の4割にはうつの症状がある
なぜ、がん治療の現場に精神腫瘍医が必要なのでしょうか。なぜ、がん患者には心のケアが大切だと言われているのでしょうか。
アメリカにおける調査では、がん患者の約半数に精神科の診断のつくことが知られています。さらに精神科診断がついた患者の約8割は、不安やうつを訴えていました。つまり全体で言えば、がん患者の約4割が不安やうつを訴えていたことになります。
うつとがんの症状は似ている
そして、この不安やうつによる症状は、がんによる症状と非常によく似ているのです。
がん患者がうつ病に苦しんでいても、家族も医師もそして患者本人も、うつ病になっているとは気がつかないことが多いのです。
うつ病になると食べられなくなる。身体がだるくなる。起き上がることができないといった症状が出ますが、これは進行がん患者にも多くみられる症状です。
がん患者がうつ病になると、あたかも全身症状が悪化したように見えるのです。
そしてたまたま腫瘍が大きくなり、がんが進行していたりすると、本当はうつ病の症状であるのに、がんによる影響だろうということになりかねません。
抗うつ剤で治療をすれば良くなるはずなのに、がんが進行して全身状態が悪くなったと誤って判断されて、治療が中止になるとしたら非常にもったいないことです。
うつ病の症状としては他にも、眠れない、何を食べても美味しく感じられないといった味覚の変化があり、食べる寝るといった生きていくための基本的な事ができなくなってくるのです。
集中力も低下して、簡単なことでもなかなか決断ができなくなります。買い物に行っても何を買って良いのか分からなくなるなど、普段なら何でもないことが決められなくなります。
死ぬほど辛いうつ病
そうこうしているうちに「死」への願望が膨らんできます。死んだ方が楽と考えるようになるのです。
あるうつ病患者さんは、駅のホームで電車が入ってくると、「あっ、死ぬ道具が来た。これで死ねる」と思ったと言います。でも家族の顔が思い浮かんで後戻りします。
「抗うつ剤で治療をするとちゃんと電車に見えますから不思議ですよね」そう語っています。
多くの腫瘍内科医では、こうした患者の心の問題には適切に対応できません。気付かないのです。
がん患者も介護をする家族も、心の問題を抱えています。きちんと治療をすれば、がん治療にも良い結果がもたらされます。心の問題が解決すれば、腫瘍の増殖速度も抑えられる可能性があります。
大西先生のこの本では、精神腫瘍医の実際の現場がどのようなものなのかを知ることができます。
まだまだ数が少ない精神腫瘍医ですから、近くで受診できるととは限らないのですが、緩和ケア医の先生でも同じように対応できるかもしれません。
がん患者と心の問題はもっと重視されるべきでしょう。