近藤誠『CT検査でがんになる』文藝春秋11月号
書き上げてはいたのですが、朝日新聞の「ねつ造事件」のためにアップが延び延びになりました。しかし、朝日新聞も地に落ちたものです。41患者団体の共同声明すらも、自分の都合の良い部分だけを取り上げて記事にしています。もう救いようのない新聞社ですね。ホメオパシーの特集は良かったし、一般の記者にはよい記事を書いている方が多いのですが、論説委員、編集委員などの幹部がダメだ。
文藝春秋11月号に近藤誠氏の「CT検査でがんになる」というレポートが掲載されていたので、読んでみました。例によって近藤先生のセンセーショナルな話題かと思いきや、タイトルは衝撃的ですが、内容は十分に根拠のある納得できるものだと感じました。
内容を箇条書きしますと、
- CTによる被ばく線量はエックス線の200~300倍である
- 1回のCT照射による被ばく線量(実効線量)は18~29ミリシーベルト(mSv)
ただし、通常は1回の検査で2、3回は照射する - 低線量でも発がんリスクがあるとして、原発労働者には40mSvでも労災認定されている
- 原発労働者の生涯の累積被ばく線量が20mSvでも発がん死亡数が増加している
- 広島・長崎の被爆者の経過観察の結果、10~50mSvでも発がんによる死亡数が増加している
- 欧米では以上のデータを根拠に、医療被ばくの低減に真剣に取り組んでいるが、日本では専門家も患者保護に動こうとしない
- 最新鋭の多列検出型CTは1スライスあたりの被ばく線量を減少させるはずだったが、装置が急増することによって逆に総被ばく線量は増加している。より詳細で広範囲の撮影が可能になったためである
- 日本のがんの3.2%は医療被ばくが原因といわれたが、いまではそれは2~3倍になっていると思われる
- 不必要・不適切なCT検査、「とりあえずCTをやっておきましょう」という検査が多すぎる。医者に知識がないのと病院経営上の理由でムダなCTが行なわれている。
- 胸部CTによる肺がん検診のくじ引き試験では、寿命延長効果は認められなかった。マンモグラフィによる検診もがんの予防効果はないとの論文がある。
といったところです。J-CASTニュースの記事が内容をよくまとめているのでそちらを見てください。私の記事は、この特集に触れられていないことを書いてみます。
放射線の被ばく線量は「アバウト」な数字
放射線による被ばく線量は、ほとんどの場合測定することはできません。推定することができるだけです。このように書くとびっくりされる方も多いに違いありません。放射線の線量単位にはいくつかのものがありますが、測定可能なのは照射線量だけです。近藤氏の記事で言われている実効線量は、照射線量にある係数をかけて換算をすることによってしか得ることができません。詳細はこの記事の下に書きましたので、興味のあるかたはご覧ください。
発がんのリスク評価にも多くの問題がある
さて、放射線による発がんのリスクは、広島と長崎の原爆被爆者の方たちのデータをもとにして算出しているのですが、データの評価システムに関して多くの批判が
あります。例えば、井伏鱒二の『黒い雨』に書かれているように、8月6日の広島は雨模様の湿気の多い天気でした。アメリカは原爆の放射線影響を調べるためにネバダ砂漠の高い塔の上にはだかの原子炉を置き、日本から持って行った家屋を再現して原爆による放射線量を評価しようとしたのです。ネバダと広島では湿度が違います。水に吸収されやすい中性子の線量が過大に見積もられているのではないか、ということが指摘されたのです。このあたりのことは昔にNHKが報道し、『極秘プロジェクト ICHIBAN―問い直されるヒロシマの放射線』として出版されています。
欧米ではすでに数年前からCTによる被ばく線量を問題にしています。こちらの論文など。あるいは日本語のページならこちらとか。
ラジオロジー誌2009年11月号に掲載された、米国放射線防護測定審議会および放射線の影響に関する国際連合科学委員会の発表を元にした研究では、全世界
での画像診断による1人当たりの被曝線量が、過去10~15年で倍増したことが明らかになっている。中でも米国は、他の国と比べて被曝量の増加が多かっ
た。さらに他の研究では、1980~2006年の間で、画像診断による被曝量が6倍になり、また過去56年間で、放射線または放射性医薬品を用いた年間の診断回数は、15倍に増加したと推定されている。
米国がん研究所(NCI)の放射線疫学の客員研究者によれば、「CTの使用頻度は劇的に上昇し、安易に使用されるようになっている。CT検査を行う場合、まず、本当に検査が必要であるかどうかを調べた上で検査する必要があるかを検討すべきなのに、今はその基本を忘れて、病気でもない患者にどんどんCT検査を行うようになってきている。また、頻度だけでなく、CTをいつ使用すべきかという検討がなされてこなかったことを反省し、医学界全体として、使用対象を慎重に検討し、検査の利点が有害性を上回る場合にのみ行うべきである」としている。
放射線の線量の測定も問題がある、リスク評価も完全とは言えない。では放射線による発がんのリスクを気にする必要はないのか、というとこれまた問題です。
ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告は出されるたびにより厳しくなっています。例えば放射線業務従事者の被ばく限度は50mSv/年という時代が長く続いたのですが、
1990年勧告では「いずれの5年間でも100mSvを超えない」ことを定めて、実際上年間20mSvの制限がかかるようになりました。この20mSvという線量は、近藤医師も書かれているように1回のCTで超えてしまう数字です。このように、放射線のリスクは歴史的に見れば厳しくなることはあっても緩くなったことはありません。つまり、「放射線は思っていたよりも怖い、ということが分かった」のくりかえしでした。私も定期検査でCTを撮りますが、だいたい3回照射します。
最初は確認でしょうか。そして造影剤を入れながら照射して、最後にもう一回。すると1回の被ばく線量を仮に15mSvとして、合計で45mSvです。原発労働者の年間の制限50mSvに近いです。
だからといって、CTによる検査を怖がることも止めるつもりもありません。がんのリスクは増大するとはいっても、がんになった場合にその原因が大気汚染にあるのか、食べ物か、CT検査によるものかは特定できません。あくまでも統計的にがん死が増えるということであり、どの原因でがんになったのかは誰にも分かりません。がんを発見する、転移を早期に見つけるという利益と、別のがんになるリスクが増えるという不利益を天秤にかけて判断しなければなりませんが、そのリスクも線量もアバウトな数字です。医者も正確に発がんのリスクを分かっていないのだから、患者はなおさらです。
日本では医療被ばくが格段に多いことは政府も認めています。1992年のデータですが、原子力安全研究協会のデータでは医療被曝が60%を占めています。現在はもっと増加していることは間違いありません。
私の経験と対処法
- 症状がないのにCTは撮らない。「取りあえずCTを撮っておきましょう」と言われたら、「まずレントゲンをお願いします」
- 五十肩で整形外科に行ったら首の周りを5枚ほど撮られそうになった。2枚に減らしてもらった。
- 会社の健康診断でもバリウムによる胃の検査は拒否しています。症状がないのに被ばくしてまで検査するような信頼性はないと考えるからです。
- 歯科医の全周撮影、あれは相当の被ばく量です。歯医者にはなるべく行かない。良く歯を磨けば、被ばく線量低減に効果があるということ。
- PET検診では4~5mSvの被ばく線量になります。私のPET体験はこちらに書きました。症状もないのに毎年PET検診を受けるなどという愚かなことは止めておく。済陽高穂氏の西台クリニックのように、旧式のPETですべての患者を検査しようとするような病院には近づかない。
しかし、一度膵臓がんの再発が疑われたことがあり、そのときは医者が1㎝ピッチでCTを撮ろうとしたのを、私から要求して2mmピッチに変えてもらいました。被ばく線量は5倍になりますが、再発かどうかを正しく判断するには必要があると考えたからです。おかげで先生からは「イヤーきれいな画像ですね。これで判断したのならまちがいないでしょう」といわれ、再発なしと判断して無罪放免。そのとき被ばく線量は4~5mSvで胃のバリウム検査と同程度です。
医者もよく知らない。患者はなおさら知識がない。とすれば、ムダな検査を受けないことしか対処法はありません。何がムダかも分からず医者任せ、ということにならないように、患者も知識を身につける努力が必要です。
病院は赤字解消に必死になっています。CTがないと患者が来ない。設置すれば放射線技師も置かなければならないし、減価償却もある。当然稼働率を上げることが至上命令になる。患者にとって必要かどうかよりも、稼働率が大事ということになりかねません。相当の覚悟を持たないと、ムダな放射線を浴びさせられて病院経営に貢献させられます。
ムダな検査が多いし、国民全体の総被ばく線量はもっと下げる必要があります。近藤誠氏の指摘にはほぼ賛成です。しかし、患者が
正しく怖がることは、本当に難しい。
照射線量:単位はクーロン毎キログラム(C/kg)。放射線が物質をイオン化する際に、その電離した電気量を表わす。1レントゲン(R)は、SI単位では2.58×10-4クーロン毎キログラム(C/kg)。測定可能だがエックス線、ガンマ線に限られる。
吸収線量:単位はグレイ(Gy)。「肺がんの腫瘍部に60Gyを照射する」等と言いますよね。放射線が1kgの物体に吸収されて1ジュールの熱を生じたとき1Gyとなります。この値は実際には測定不可能です。照射線量から換算するか、化学線量計、熱ルミネセンス線量計、半導体検出器等で測定してそれらから換算します。
等価線量:単位はシーベルト(Sv)。吸収線量に放射線の種類毎の係数(放射線加重係数)を乗じたもの。同じ吸収線量であってもエックス線と重粒子線では人体に対する効果は違います。陽子線・重粒子線は「”ドカン”とがんを焼く」と言われているように、がん患者ならイメージできますね。
放射線の種類とエネルギーの範囲 | 放射線荷重係数 |
---|---|
光子、すべてのエネルギー | 1 |
電子およびミュー粒子、すべてのエネルギー2) | 1 |
中性子、エネルギーが10keV未満のもの | 5 |
中性子、エネルギーが10keV以上100keVまで | 10 |
中性子、エネルギーが100keVを超え2MeVまで | 20 |
中性子、エネルギーが2MeVを超え20MeVまで | 10 |
中性子、エネルギーが20MeVを超えるもの | 5 |
反跳陽子以外の陽子、エネルギーが2MeVを超えるもの | 5 |
アルファ粒子、核分裂片、重原子核 | 20 |
この表には1,5,10,20の数字しかありません。つまりいい加減なんです。熱中性子は5でいいか、重粒子なら20だろう。その程度に「えい、や!」と決めた値なのですね。どこが決めるかというと、ICRP(国際放射線防護委員会)という学者が集まっている機関です。国連の機関でも何でもないのですが、慣例上ICRPの出す勧告をすべての政府が尊重することになっています。
実効線量:単位はシーベルト(Sv)。等価線量にさらに組織加重係数をかけたもの。ICRPの1990年勧告(Publ.60)で、原爆被爆者に対する線量の再評価の結果等を取り入れ、致死がんの確率係数等を参考にして組織荷重係数を決定しました(表4)。それぞれの組織・臓器の等価線量に組織荷重係数を乗じ、各組織で加算して算出されたものが実効線量です。等価線量と実効線量は同じ単位ですから混同しやすいかもしれません。
組織・臓器 | 致死がんの確率 (10-2Sv-1) |
総合損害 (10-2Sv-1) |
||
---|---|---|---|---|
全集団 | 作業者 | 全集団 | 作業者 | |
膀胱 | 0.30 | 0.24 | 0.29 | 0.24 |
骨髄 | 0.50 | 0.40 | 1.04 | 0.83 |
骨表面 | 0.05 | 0.04 | 0.07 | 0.06 |
乳房 | 0.20 | 0.16 | 0.36 | 0.29 |
結腸 | 0.85 | 0.68 | 1.03 | 0.82 |
肝臓 | 0.15 | 0.12 | 0.16 | 0.13 |
肺 | 0.85 | 0.68 | 0.80 | 0.64 |
食道 | 0.30 | 0.24 | 0.24 | 0.19 |
卵巣 | 0.10 | 0.08 | 0.15 | 0.12 |
皮膚 | 0.02 | 0.02 | 0.04 | 0.03 |
胃 | 1.10 | 0.88 | 1.00 | 0.80 |
甲状腺 | 0.08 | 0.06 | 0.15 | 0.12 |
残りの組織・臓器 | 0.50 | 0.40 | 0.59 | 0.47 |
合計 | 5.00 | 4.00 | 5.92 | 4.74 |
重篤な遺伝性障害の確率 | ||||
生殖腺 | 1.00 | 0.60 | 1.33 | 0.80 |
総計(丸めてある) | 7.30 | 5.60 |
組織・臓器 | 組織荷重係数 wT |
---|---|
生殖腺 | 0.20 |
骨髄(赤色) | 0.12 |
結腸 | 0.12 |
肺 | 0.12 |
胃 | 0.12 |
膀胱 | 0.05 |
乳房 | 0.05 |
肝臓 | 0.05 |
食道 | 0.05 |
甲状腺 | 0.05 |
皮膚 | 0.01 |
骨表面 | 0.01 |
残りの組織・臓器 | 0.05 |
つまり、しっかりと測定できるのは照射線量だけ。その他の放射線量は換算や推測による係数を乗じたものだということです。
唯一測定可能な「照射線量」はサーベイメータで測定しますが、これにも問題があります。照射線量から実効線量に換算するには放射線のエネルギーを知る必要があるのです。エネルギーによって実効線量が違ってきます。ところがサーベイメータの校正は一種類(通常はコバルト-60)の放射線源で行ないます。これで校正した測定値は、エネルギーの低い放射線だと誤差が50%にもなることがあります。
つまり、放射線による被ばく線量というものは、体重や距離などのようにしっかりとした物理量ではなくて、相当いい加減なアバウトな数値なのです。
全く支離滅裂ですね。
『CTによって発がんする』ということを訴えたいのですか?
それとも『被爆線量はアバウトである』ということを訴えたいのですか?
CT検査においては、厳密な被爆線量値をもって、発がんの根拠としているのに、最後の方では被爆線量値はアバウトであるとあなたは締めくくっています。
少し自分の良いように解釈されているみたいですね。
なおCTで発がんするかどうかは現在どちらとも言えません。